★★★【概念空間論】第3章 認識表現モデル

 

第3章 認識表現モデル

 

―第1節:(K領域/U領域)『イデーン』エドムント・フッサール

―第2節:(遷移度/明瞭度)

…あの日、わたしは、シルヴァプラーナの湖畔の森を散歩していた。ズルライ村からほど遠からぬところにある、ピラミッド型のそそり立つ巨大な岩のほとりにわたしは立ちどまった。そのときこの思想がわたしに到り着いたのだ。

…稲妻のように、ひとつの思想がひらめく、必然の力をもって、ためらいのない形式で。

                     ――――『この人を見よ』フリードリヒ・ニーチェ著

―第3節:(思い込み)一生に一度は、すべてのことを疑うべきである――ルネ・デカルト『哲学原理』

―第3節:(パラダイム)原子を砕くより、偏見を破壊することの方が困難である――アルバート・アインシュタイン

 

 

認識表現モデルの基本要素と二重モチーフ

 本章では、認識表現モデルについて概観する。認識表現モデルは、認識の状態および変容過程を静的/動的に記述/表現するための図式である。このモデルは、本書の体系全体において中心部として位置付けられる。見通しをよくするために、このモデルの設計方法を簡単にまとめておこう。

 認識表現モデルは、次のような概念から構成されている。1.構成要素

①K領域/U領域(認識領域R)、②遷移度/明瞭度、③概念関係式

また極めて重要でありながら、直接的には現れない隠れた因子として④思い込みがある。認識表現モデルは、これらの部分から組み立てられることで、認識の状態および変遷のプロセスを明快に記述できるものとなっている。ただし、本書では③の概念関係式の紹介は割愛する。2.地理学的/光学的モチーフ

 概念空間論の枠組みは、全体を通して、地理学的/光学的モチーフによって設計されている。この二重モチーフは、第1章で述べた、モナド的観点とその認識様式に認められる地理学的/光学的な構造や性質に由来するものである。そして、この後に扱う遷移度/明瞭度は、このモチーフを体系内に直接的に組み込む概念となっている。

 

 

認識表現モデルの設定項目

認識表現モデルには、幾つかの設定項目があり、目的に応じてモデルによる記述や表現方法をある程度自由に変更・調整することができる。この設定項目は、最初は読み飛ばして構わないが、このモデルを実践的に使用したり、特定の分野やテーマに関する考察・議論に応用する場合には適宜確認してほしい。

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1.組み合わせ:①K領域/U領域、②遷移度/明瞭度、③概念関係式、④思い込み(あるいは信念)

2.抽象/具体:①認識の水準、②認識主体、③認識の種類・要素

3.時間軸:動的モデル、静的モデル(時間スケール、日時など)

4.個数:構成枚数

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1.認識表現モデルの構成要素と組み合わせ

第一の設定項目は、認識表現モデルの構成要素の組み合わせの決定である。認識表現モデルは、四つの概念からできている。

①K領域/U領域、②遷移度/明瞭度、③概念関係式、④思い込み(あるいは信念)

まず最初に、認識表現モデルの構成要素のなかで、どれを組み合わせて使用するかを決定する。このなかで①K領域/U領域は単独で用いることができ、非常に便利である。また①と②は併用することができ、これも多様な応用テーマが考えられる。①と②に加え④の要素も一緒に使えるが、不要であれば使う必要はない。(※なお、③は本書では扱えていない)

 第二の設定項目は、認識表現モデルを抽象的モデル/具体的モデルのどちらとして使用するかである。抽象的モデルとして使用する場合、認識の諸要素もまた一般化された抽象的な要素となる。具体的モデルとして使用する場合、認識の諸要素もまた具体的な要素となると考えてよい。後者の場合、より詳細な設定をモデルに与え、具体的なケースを考えることになる。また具体的なモデルとして使用するときは、さらに次の項目――①認識の水準、②認識主体、③認識の種類・要素――を指定することができる。

①認識の水準とは、社会/集団/個人/一般/学問などの認識のレベルや範囲である。

②認識主体とは、特定の人称的個体、(人称的とは限らないが)認識様式・能力を何らかの主体・もの、問題解決主体・プレーヤーなどのことである。

③認識の要素(種類)とは、認識領域を構成すると仮定・想定された諸要素のことである。認識領域には、後述のとおり、知覚/概念/言葉/知識/記憶/信念/考え方など、様々な要素や種類が含まれる。

 第三の設定項目は、時間軸である。認識表現モデルに時間軸を導入することで、静的/動的モデルとして、あるいはその両方の性質をもつモデルとして活用可能になる。静的モデルとしては、時計の針を凍らせ特定の日時(「いつ?」)を指定したり、認識領域のある瞬間的な状態を切り取り記述/表現として使うことができる。動的なモデルとして、時間経過のなかでの認識の状態の変遷プロセスを記述・表現することができる。もちろん時間軸の幅(時間、年代、時代区分など…)は自由に設定することができる。

 第四の設定項目は、個数(枚数)である。認識表現モデルにも個数の制限がなく、幾つ並べてもよい。

 以上の4つの項目を、目的や状況に合わせて調整できれば、非常に幅広いテーマへの応用が可能になるだろう。後ほど、幾つか具体的な事例を確認することにしたい。

 

認識領域RあるいはK領域/U領域

認識領域とは

 認識領域とは、モナド的な観点にとっての認識におけるあらゆる出来事が生起する場のことである。また、それを平面に投影することで空間的な範囲によって把握・表現する概念である。記号としてRを付しておこう。認識領域Rは、K領域とU領域に区分される。K領域とは、既知の領域(Known area) を意味する。U領域とは、未知の領域(Unknown area) を意味する。このK領域とU領域を合わせると、認識領域R全体になる。そのため、これらの領域の範囲の関係性は、認識領域R=K領域+U領域と表現できる。

図nは、認識領域の構造を簡潔に示したものである。この図中で認識領域Rは、図の下部に位置するK領域と上部に位置するU領域に分けて描かれている。K領域とU領域は同じ広さで区分されているが、これは見やすくするための図解に過ぎず、この二つの領域は同じ大きさや広さではまったくない。U領域は広大無辺であり、その大きさや範囲はK領域とは比較に絶する。このことを深く認識することは、より自覚的に思考し、思い込みを疑い、新しい考え方を生み出すために、極めて重要な点であるといえる。

 この認識領域の考え方は、図式的なモデルである。そのため、最も重要なのは「何のために、どのようにモデルを設計するか?」というモデルの目的と設計方法である。以下では、より細かな要素を考えモデルを組み立てるが、「認識」というテーマについて、何が絶対的に正しいかを問題にしている訳ではない、という点に注意してほしい。

 

・認識領域R、K領域/U領域の構成要素と設定

認識領域R(K領域/U領域)には、認識に関係する様々な要素が含まれている。こうした要素の例として、個別的な認識、知覚、概念、言葉、知識、記憶、信念、考え方などが挙げられる。

K領域とは、既知の認識――知覚、概念、言葉、知識、記憶、信念、考え方など――が含まれる領域である。

U領域とは、未知の認識――知覚、概念、言葉、知識、記憶、信念、考え方など――が含まれる領域である。

 ここでいう既知や未知という言葉は、基本的に(ある特定の)モナド的観点にとって、既に認識されたこと、未だ認識されていないことを大まかに指していると考えてほしい。後に見るように、これらの諸要素は、認識領域(=K領域/U領域)上の適切な場所に配分され、分布状態や照度を考えられることになる。

概念空間論の哲学において、もちろん認識という複雑かつ豊かな内容をもつ対象が、このような諸要素の単純な組み合わせに還元できると考えられている訳ではないが、ある程度の自由度と十全性をもって認識事象を記述・表現できるモデルを構築するために、認識表現モデルではこうした単純な諸要素に分解する方法を採用している。

 

・K領域/U領域の注意点●ポイント0.語義的/用語法的な問題

この「既知/未知」という用語法、「K領域/U領域」という概念は、目的の応じて必要な設定を施して使用するものである。文字通りに単純に「何かを既に知っている/未だ知らないこと」を意味する訳ではない。次のポイントを確認してほしい。

①K領域/U領域について、これは「既知の領域/未知の領域」だと述べたが、この「既知/未知」という表現は、モナド的観点にとって認識された、「認識対象となった何か」を、認識領域R上において、空間的に配分する極として考えられている。

②K領域/U領域には、完全な二分法で区分されている訳ではなく、認識の深さや詳細さの意味で連続的な違い、グラデーションが想定されている。後述の明瞭度という概念は、この連続的なグラデーションを把握するための尺度の概念である。

③つまり、K領域は既知の領域であり、U領域は未知の領域であると言うとき、必ずしも既知/未知とは何かを「完全に知っている/全く知らない」という意味で使用する訳ではない。

②「既知/未知」の区分をより詳細に考えたいときは、目的や状況に合わせ自由に定義をおこなう。こうしたケースでは、より詳細な定義によって初めて、既知と未知の明確な線引きがなされることになる。裏を返せば、特に明確な定義を与えない場合、K領域/U領域という区分はある程度大まかなもので、その線引きはファジーなものである。

③K領域/U領域の既知/未知という区分を大まかに考える場合、ある程度アバウトなものであることで、実践的に使いやすいという利点が得られる。

これは目的に照らして適当であるか否か考え、状況に応じて柔軟に判断する。

そのため、大まかな意味で使用しているとき、例えば「厳密ではないからこの区分には意味がない」と考えてしまうとしたら、それは誤りである。

※また既知/未知の区分を厳密に考えることが難しいのは、こうした認識につねに「信念」が絡んでくることも関係している。

●ポイント2.K領域と信念&●ポイント2.

④K領域(既知の領域)とは、つねに特定の認識水準や主体にとって「既知である」と信じられていることの領域であるに過ぎない。K領域というエリア全体も、この領域を構成するすべての認識も、客観的な正しさが保証されている訳では全くない。K領域には必ず、何らかの思い込み、信念、バイアス等が含まれ、決してなくなることはない。

K領域/U領域の表裏関係

④K領域とU領域は表裏の関係にある。K領域に含まれるものは、「完全に既知」と言えるとは限らず、基本的に未知性を含むため、K領域についてより注意深く考えるとU領域が現れる。反対に、U領域に含まれるものが認識されるとK領域になる。

「K領域の裏側には、必ずU領域が隠れている」という理解も重要である。K領域は「既知である」と信じられているだけで、その裏側には「未だ認識されていないもの」が隠れている。

図解の方法

⑤図nでは、K領域/U領域ははっきりと分けられるように描かれているが、これは便宜的な図解に過ぎないと考えていただきたい。K領域は(モナド的観点にとって)認識されているものの領域である。ある事柄をかりに「既知」といったとしても、それは「その認識主体にとっての既知」に過ぎない。この既知の裏側には「未知」が隠れており、その場合、図で示されたK領域の部分を裏返すとU領域が現れると考えてもいいし、K領域の裏側に隠れたU領域、つまり「既知の領域」に含まれた「未知」は、はじめから図の上部のU領域側に含まれている、と考えてもよい。これは図の描き方の問題に過ぎない。

 

 

遷移度/明瞭度について

 

本節では、遷移度/明瞭度という概念について述べる。この対概念は、前節で解説したK領域/U領域と組み合わせて用いることで、認識の状態および変容プロセスを把握/表現するうえで役立つだろう。なお前節で述べたように、認識表現モデルにおいて、認識に関与したり認識を構成すると考えられる要素は色々あるが、以下では概念の集合に話を限定したい。ほかの要素の取り扱い方については、そのまま概念の集合についての考え方を置き換えてほしい。また本節の最後には、遷移度/明瞭度の原理について説明し、問題解決との深い関係を示したい。

 

遷移度の概要と定義(①量的パターン:量的な概念として考える場合)

遷移度とは、認識領域における概念の集合の分布や配分およびその変遷を把握/表現するための概念である。

この概念を量的に解釈する場合は、まず二つの極を想定し、そのうえで中間段階をグラデーションとして考えるとよいだろう。遷移度の二つの極を、無遷移と全遷移と呼ぶ。■無遷移/全遷移、中間段階

無遷移とは、無限あるいは有限の概念の集合が、すべてU領域(未知の領域)に属しており、K領域(既知の領域)には、いかなる概念も属していない状態である。つまり、U領域(未知の領域)からK領域(既知の領域)へ、概念の集合がまったく移行していない状態である。この無遷移のK領域は、白紙状態(タブラ・ラサ)と呼べるだろう。これに対して、全遷移とは、無限あるいは有限の概念の集合が、すべてK領域(既知の領域)に移行しており、U領域(未知の領域)には、いかなる概念も属していない状態である。

 このモデルにおいては、あらゆる概念というのは、U領域から招来するものである。

この無遷移/全遷移という極は、基本的には仮定的あるいは理想的な状態としてある。特に無限に多様な概念の集合の場合、それがすべてK領域に遷移することは起こり得ないからである。無遷移の状態は、後述の事例のケースのように、問題解決や学習プロセスの初期段階として考えると、特に有用である。現実がどうあれ、これらの極を認識のモデルの一部として想定することには大きな意義がある。

 この無遷移と全遷移の両極の間に、グラデーションとして中間段階がある。何らかの基準と照らして、相対的に低遷移~高遷移の状態がある、と考えてもよいだろう。

 第1章で確認したように、問題解決のプロセスには、概念の集合が深く関係している。そのため、無限または有限の概念の集合が、認識領域にどのように分布しているかは極めて重要である。遷移度とは、この分布を把握/表現する指標といえる。問題解決のプロセスにおいて、無遷移の状態とは、問題解決に必要な概念の集合がまったく獲得されておらず、反対に、全遷移の状態とは、問題解決に必要な概念の集合がすべて獲得されている。後者の状態では、手札が揃っているが、前者の状態では切れるカードがない。

図nは遷移度、つまり諸概念のグループの分布状態を視覚的に表現したものである。ここではK領域とU領域を横断して諸々の概念が分布する様子が描かれている。

※K領域/U領域に諸概念のグループが分布し、それがU領域からK領域に遷移するとっても、決定論的に考えてはならない。U領域に諸概念のグループが分布すると言っても、それは潜在的に想定できるという意味であり、実際に確実に分布状態を確定して言える訳ではない。また過去の出来事について、遷移度が変化したというとき、それは後から振り返って事後的に言及しているだけで、決定論的な意味ではないことに注意してほしい。

 

 

明瞭度の概要

明瞭度とは、認識領域(K領域/U領域)の状態および変遷を、光量・照度・明暗といった光のイメージによって直感的に把握/表現するための概念である。第1章では、概念の光学的機能について紹介した。概念とは光学レンズのようなもので、新しい概念を獲得すると、その過程で認識領域の特定の部分が照射される。明瞭度の変化は、この変化を捉える概念である。

明瞭度は、簡単に言えば、物事についての認識の深まりや理解の深さ、認識の変容の程度を表すものといえる。この概念では、認識を明るい‐暗いというグラデーションによって捉えるが、明瞭度が高まる過程は、明暗が共存しながら、また微妙に揺れ動きながら次の状態へ移っていくもので、直線的に進んでいくものと想定されている訳ではないことに注意してほしい。また明瞭度が高い状態は、暗がりがまったく存在しない、ということを意味する訳でもない。この点については第1章の問題論を参照していただきたい。

■明瞭度のイメージ

油絵の制作過程は、支持体の準備、下描き、下塗り、彩色、仕上げといった幾つかの段階を経て進行する。まず支持体上に地塗りが施され、未分化の均一な平面が形成される。次に木炭や薄い油彩による下描きで、遠近法(パースペクティヴ)に基づく観点が画面に投影され、モチーフの輪郭線、比率、全体の配置関係が定められる。下塗りによって光と影、色面の大きな構造が構築され、彩色の層が重ねられることで質感・色調が生まれ、像が鮮明化する。仕上げに微妙な反射光や影の調整、ニス塗布が行われ、モチーフが立体的に統合される。認識の深まりを表す明瞭度の変化は、こうした絵画の多層的な制作過程に極めて近いものである。■認識の要素➡認識領域の影響

明瞭度という尺度は、主として、概念の集合の影響により認識領域がどのように変容したかを表現するために用いる。ただ、もちろん概念のほかにも、認識にかかわり影響を及ぼす重要な要素は多くある。前節において、認識に関係する要素として、個別的な認識、知覚、言葉、知識、記憶、信念、考え方などを挙げたが、こうしたものによる明瞭度の変化を考えることもできるだろう。■明瞭度➡認識の要素

明瞭度は、認識領域の状態の変化を表現する概念だが、この認識領域には様々な要素が含まれる。そのため、これらの個別の要素に関して認識が深まることも、明瞭度の変化と呼んでよいだろう。例えば、本書で扱う無限に多様な概念の集合について考えるとき、そのすべての概念について個別的に明瞭度が考えられるのである。

 

 

●本書の目的

本書の目的は、①思考様式の提示、②認識の変化を、理論的理解ではなく体験できること、最優先としている。

そのため、代わりに次の点を線引き・切り分けしている。

①数値化の問題、量と質

②厳密性を重視してはいない。

個別の学問的検証や応用の仕事になるので、それは各自の必要に応じて自由に行ってほしい」という、射程の線引きの問題です。

●解釈方法――2パターン

この対概念については、大きく二つの解釈の方向性やパターンが考えられる。第一の解釈パターンは、準量的な側面に着目する方法であり、第二の解釈パターンは、量に還元できない質的体験・全体性を重視する方法である。以下では、まず第一の解釈のパターンにおける遷移度と明瞭度の概要をそれぞれ分けて記述する。次に、第二の解釈パターンにおける捉え方をまとめて述べたい。

遷移化/明瞭化について

遷移化/明瞭化とは、モナド的観点の認識領域において生じる固有の出来事としての認識の変容を、その体験的な全体性として把握するための概念である。認識の変化とは、モナド的な観点としての個人にとって固有の意識や感覚を伴う体験である。認識領域における出来事としての認識の変容は、モナド的観点にとって、その都度の一回性の体験であり、もしそれを抽象化したり部分を捨象しようとすれば、この体験は損なわれてしまう。アルキメデスのエウレカの瞬間は、このような意味で、まさに遷移化/明瞭化の出来事であるといえるだろう。

 第1章において示された思考の自由さの定義とは、次のようなものであった。

思考の自由さとは、①認識領域における②遷移度/明瞭度の変化を通じて、⓪自覚的に新しい③認識の変容を引き起こしうる思考の状態および能力のことである。

 概念空間論は、思い込みに囚われずに思考するための体系であるが、そのすべては、ある意味で遷移化/明瞭化という出来事に懸けられているといっても過言ではない。遷移化/明瞭化としての認識の深まりこそ、自由に思考することの報酬なのである。

 

●ここで述べる遷移度・明瞭度とは、認識主体が自らの思考・認識の状態を、その都度メタ的に把握しながら思考を進めるための、実践的な指標である。

●数値化

本書の目的に照らす限り、この指標は、使用者自身がその変化を直感的に捉えられれば十分に機能するのであり、厳密な数値化を必要としない。

ただし、これは数値化そのものを原理的に排除するものではない。もし特定の分野や目的において、遷移度・明瞭度をより精緻に、あるいは定量的に規定したいという要求があるなら、それを試みることは自由である。しかしその場合、遷移度・明瞭度が何を測る指標であり、何をもってその変化とするかについて、本書よりはるかに詳細な定義や条件設定が必要になるだろう。それは個別の学問的検証や応用の課題であり、本書が扱う範囲を超えるため、ここでは立ち入らない。

●数値化について;

「数値化は本書の管轄外に置く」という切り分けがある。本書のレベルでは、比喩的・定性的な把握で十分に機能する(というより、その水準こそが本書の射程である)が、それ以上の厳密化を望む者を妨げる意図はなく、ただしその厳密化の作業は、本書が引き受けるべき仕事ではない、ということだと思います。

前回の私の言い方は、「数値化しないことがこのモデルの本質であり、美徳である」という、やや強すぎる規範的な主張になっていました。しかし、いま伺った内容はもっと控えめで、かつ正確です。

 

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本章の冒頭では、認識表現モデルの構成要素および設定項目について説明した。これらを組み合わせることで、認識表現モデルは、幅広い題材や認識事象、多様な問題解決プロセスに関して極めて汎用性が高い記述・表現方式になりうる。

ただし一般的な制約として、次の点を指摘しておきたい。認識表現モデルによる記述・表現方法には、対象について何をどの程度まで抽出/捨象するか、どこまで単純性/複雑性を保つかという点で自由度があり、使用者の裁量による調整が必要になる。大幅な単純化を図る場合、シンプルな記述や理解が可能になるが、その分モデルによる表現から除外される情報量は増大する。モデルをより繊細に操作すれば、複雑な主題や事象を詳細に捉えることができるが、シンプルさや分かりやすさは損なわれる可能性が高い。モデルを使用するうえで、単純さ/複雑さ、抽出/捨象される内容の質や量は、トレードオフの関係にある。重要なのは、考察の目的や対象に応じて、何を抽出/捨象し、どの程度の単純性/複雑性を保持するかを適切に選択することである。

上記を点を踏まえ、以下では、認識表現モデルの活用時のポイントを、具体的な使用事例をみながら概観しよう。

 

設定項目1.組み合わせについて

認識表現モデルの構成概念のなかで、どの要素を選択・使用するかは自由である。

実践的なシーンでは、どのような目的のためにモデルを使用するかによって、どの要素が適当であるかは変わる可能性がある。

例えば、このモデルを教育現場で用いる場合、学習者の理解力に合わせ、どの概念を教えるかを調整するのがよいだろう。例を挙げると、恐らく多くの場合、K領域/U領域は意味合いを吞み込むのにそれほど時間は掛からないだろう。しかし、遷移度/明瞭度(あるいは後述の遷移度/明瞭度の機構)は、一般的に見て非常に高度な概念であるため、かりに題材を記述・分析・表現するうえで適したケースであっても、説明を省いてしまう方がよい。K領域/U領域だけでも、諸要素を既知の領域/未知の領域に配分する方法などは伝えることができる。

設定項目2.抽象/具体について

認識表現モデルは、抽象的なモデルとしても具体的なモデルとしても活用可能である。抽象的なモデルとして、認識領域(K領域/U領域)の特性を分析したり、この領域上において、無限に多様な概念の集合の分布や影響およびその変遷プロセスを考えることは、深い洞察を得られる実り多いものになる。だがここでは具体的な題材に適応する方法の考察に話を限定する。

●認識水準――認識水準は、単純なケースを扱う場合は一種類で済むが、複雑なケースを分析する場合は、複数の組み合わせが必要になることがある。

●認識主体――最も使用頻度が高いのは、人称的な認識主体、つまり人間である。

●認識の種類――既に述べたとおり、認識の種類・要素は自由に決定できる。複数の認識の種類を考えてもよいし、ひとつだけ考えてもよい。このモデルに慣れるまでは、ひとつの認識の種類だけを考えると分かりやすいと思われる。

事例1.知覚情報

認識表現モデルでは、特定の認識の種類や要素を選択したうえで、その分布と変遷を考えることができる。ここでは一つの知覚情報(視覚情報)だけを考えてみよう。

静物画に描かれた物体のように、目の前に林檎が置かれているとしよう。林檎の前面は、自分の観点からはっきりと見えるので視覚的なK領域に、後面は見えないのでU領域に入る。

書物を繙くとき、開かれているページは視覚的なK領域にあり、閉じられたページはU領域にある。ページを捲るたび、この配分は移り変わっていく。認識領域あるいはK領域/U領域の状態は、このように持続的な時間の流れの中で、流動的に変遷していく。このように、認識表現モデルでは、K領域/U領域という区分を用いることで、認識を構成する様々な要素を配分し整理することができる。

※上記のような整理方法では、単純な二分法で既知/未知に配分しているが、もちろん

本来の認識事象は、一様なものではないため、こうした知覚認識についても、明瞭度の概念を当て嵌める方がその豊かさを表現しうる。

 

■1.プラトン『メノン』

プラトンの初期の対話篇『メノン』では、ソクラテスの対話相手メノンの召使が、幾何学の手ほどきを受ける場面がある。

・・・

ソクラテス どのような線からできているかね?

召使 これ「DB」です。

ソクラテス 四「平方」プゥスの大きさの図形の、角から角へひいた線のことだね?

召使 はい。

ソクラテス 学者たちはこの線のことを、「対角線」と呼んでいるのだよ。だから、対角線というのがこれの名前だとすると、メノンに仕える子よ、君の主張は、対角線を一辺としていち倍の正方形はできるのだということになるだろう。

召使 たしかにそのとおりです、ソクラテス。

 

――――プラトン『メノン』(85B) 藤沢令夫訳(岩波文庫)

 

召使は、ソクラテスの導きによって、地面に描かれた図形を参照しつつ、新しい認識を獲得する。幾何学的な認識(概念、あるいは観念)のみに話を限ると、ここで「対角線」と呼ばれる概念、およびそれと結び付いた辺と面積の関係性の観念が、召使の認識領域においてU領域からK領域へと遷移し、明瞭度の変化が起きたことが分かる。

 

設定項目2~4:認識領域と時間軸、個数

認識領域の個数は、基本的に認識主体の数に合わせて考える。このとき各認識主体に帰属させる形で、それぞれに固有の認識領域を考える。さらに、時間軸を導入する場合、複数の認識領域の並列性や同期性を考えると面白い。各認識主体の認識領域は、独自の状態を保ちながらも並列に変遷し続けるのである。

事例として、ゲームのポーカーについて考えてみよう。ゲーム理論の枠組みには、哲学的にみて観点(パースペクティヴ)性の構造が含まれるため、その主題は認識表現モデルのケーススタディとして適している。

 

事例2.ポーカー

ポーカーは、複数のプレーヤーがカードの役を競うゲームである。そのため、各プレーヤーにとって固有の認識領域Rが考えられ、これらはゲーム全体を通して独立した状態を保ち、並列に変遷を続けることになる。例えば、5人のプレーヤー(A、B、C、D、E)がいる場合、5個の認識領域(RA~RE)が考えられることになる。

ゲーム開始時点において、各プレーヤーに2枚ずつのカードが最初に配られたとする。ここで最も自明な情報として、自身のハンドおよびそれに基づいて直接判断できる認識がK領域に遷移する。また初期段階では、自身のハンドに基づき、役の可能性、期待値、アクション(【チェック、ベット、コール、レイズ、フォールド…】)、戦略などに関する認識が推論的にK領域へと遷移する。

ゲームの進行中、他プレーヤーの手札(ハンド)は直接的に確認できずU領域に属するが、観測可能な情報(表情、動作、発言など)、アクション、ベット額などから、相手のハンドやレンジ、戦略、ブラフ(はったり)の可能性などについての確率的な推論が新しい認識としてU領域からK領域に遷移していく。

ショーダウンで他プレーヤーの手札が公開されると、U領域に属していた実際のハンド情報がK領域へ遷移し、自身の推論、アクション、戦略などについても、その妥当性や精度を事後的に評価できるようになる。

 

ゲームの進行に応じて、各プレーヤーの認識領域では、情報の遷移度/明瞭度が段階的に変化し、最終的にそれぞれの認識領域が再編成される。このように、同一の出来事に対する複数の認識領域を並列に捉えることで、各領域における認識の状態や変化を比較するとともに、それらの間に生じる関係を分析することができる。

 

3.遷移度/明瞭度と時間軸

遷移度/明瞭度の概念では、無遷移/全遷移の二極の間のグラデーション的な変遷を考えることができる。この二極は考察したいケースに合わせて柔軟に想定するとよい。問題解決プロセスに適用する場合、その時間的な始点から終点までの幅や期間が明確であれば、この二極をそれに対応するように考えることで、より明快な形で理解できるだろう。

ここではミステリー小説について考えてみよう。認識主体として、事件を解決に導く探偵Dがいるとする。探偵Dには、固有の認識領域(K領域/U領域)が帰属し、認識の諸要素として、事件の解決あるいは犯人特定の手掛かりになる様々な情報が含まれる。物語の初期の段階では、情報が殆ど出揃っていないかもしれない。しかし、事件が起きると、徐々に「被害者はA氏」「事件は密室で起きた」「凶器はナイフだった」「推定死亡時刻は、昨夜n時頃」「全員にアリバイがある」「協力者がいた可能性」などの情報が明らかになっていく。探偵Dの認識領域上では、これらの要素の分布と照度が変遷していき、最終的に事件は解決に至る。

このような事例では、時間軸として、大まかに事件の遭遇から解決までの期間を設定すると、無遷移/全遷移までの二極間の変遷を考えやすい。

 

■問題解決プロセスのモデルとして

認識表現モデルは、複雑な問題解決プロセスを記述・理解・表現するうえで有効である。遷移度/明瞭度の変遷が、問題解決プロセスにおいて考えられる場合、次の点が重要になる。

①遷移度/明瞭度の変化は、多次元的かつ多層的に進む過程である。この過程では、認識の個別的な諸要素のみが遷移するのではなく、多様な概念や事象を包摂する枠組みレベルでの遷移も起こる。

②遷移度/明瞭度の変化は、不均一な、無数の振動が起きる過程である。この過程は決して直線的な単調な変化により進むものではなく、予期せぬ混乱、退行、数々の揺り戻しを含むものである。

③遷移度/明瞭度の変化の過程には、しばしば限界的な閾値や帯域が現れる。これは何らかの問題解決プロセスにおいて、認識主体によって特定の枠組みが適用されているが、その枠組みによる遷移度/明瞭度の上昇が限界を迎えていることが原因であることが多い。

④遷移度/明瞭度を高めるためには、それゆえ複数の枠組みを切り替えながら思考することが何よりも重要になる。問題解決のプロセスにおいて、特定の枠組みに過度に依存したり、固執してはならない。

⑤遷移度/明瞭度を高めるためには、複数の枠組みを戦略的に適用することが重要である。特定の枠組みによって、遷移度/明瞭度がある程度変化したとしても、その後に限界的な状態に陥り問題が解決に至らないことはよくある。ところが、かりにその特定の枠組みが「上手くいかない」としても、それは重要な手掛かりになる。また特定の枠組みによる遷移度/明瞭度の変化が不十分に思えたとしても、その枠組みをヒントに新しい有効な枠組みを形成することは可能である。つまり、どのような枠組みであれ、局所的な遷移度/明瞭度の変化は起きるはずであり、それは全体としてみれば遷移度/明瞭度の変遷プロセスに役立つため、戦略的に複数の枠組みを適用しつつ、柔軟に切り替えながら問題の解決を図ることが重要である。

 

学問史の事例;問題解決プロセスへの応用

以下では、学問史から二つの事例を取り上げる。認識表現モデルは、学問の発展を理解するうえで重要な視座を提供する。認識表現モデルを用いて、まず次の事例――線文字Bの解読問題を読んでみよう。

 

事例2.暗号解読/線文字B

二十世紀初頭、クレタ島のクノッソス宮殿から多数の粘土板が発見された。そこには、それまで知られていなかった文字体系が刻まれており、発掘を指揮したアーサー・エヴァンズは、これらを大きく三種類――クレタ象形文字、線文字A、線文字B――に分類した。

線文字Bの解読は、長いあいだ難航した。研究の初期には、利用できる資料の多くがクノッソス出土の粘土板に限られており、文字の用例も比較材料も十分ではなかった。多くの研究者が解読を試みたものの、決定的な成果を得るには至らなかった。ところが、1939年にギリシア本土のピュロスで大量の線文字B粘土板が発見され、さらに戦後、それらを含む新たな資料が整理・公刊されると、研究に利用できる材料は大幅に増加した。

こうした資料の分析から、線文字Bは主として子音と母音の組み合わせを表す音節文字であり、これに物資や数量などを示す表意記号を組み合わせた文字体系であることが明らかになっていった。しかし、文字の音価も、それが記録している言語も、なお不明のままだった。

その解読に重要な手がかりを与えた研究者の一人が、アメリカの言語学者アリス・コーバーだった。コーバーは、既知の言語を当て嵌める憶測を避け、粘土板に現れる記号や語形を統計的・構造的に分析した。その結果、線文字Bで記された言語には語形の変化、すなわち屈折が存在することを示し、また同じ語の異なる形に対応すると考えられる記号の組み合わせを整理していった。彼女は記号どうしの関係を格子状に配置する「グリッド」を作成し、後の解読につながる重要な基礎を築いた。

1950年代初頭、イギリスの建築家であり言語研究者のマイケル・ヴェントリスは、エメット・ベネットによる資料の整理や統計的研究、そしてコーバーによる語形の比較や「グリッド」の分析を踏まえ、さらに独自の仮説を組み合わせながら、線文字Bの記号に対応する音価を次々と絞り込んでいった。

1952年、ヴェントリスは線文字Bがギリシア語を表記している可能性を公表し、その後、ジョン・チャドウィックらと共同で研究を進めた。彼らは、線文字Bがギリシア語の古い方言形態、すなわち現在「ミケーネ・ギリシア語」と呼ばれる言語を記録した文字体系であることを明らかにした。こうして線文字Bは解読され、紀元前二千年紀のミケーネ文明においてギリシア語がすでに書き記されていたことが明らかになったのである。

 

この事例は、本書の主題の観点から照らして、幾つか重要な意義を含む。そのため、補足において改めて扱いたい。ここでは遷移度/明瞭度の尺度を問題解決プロセスに応用する際のポイントを挙げる。

 

■解読直前の時点

上記の文章から、大まかな遷移度/明瞭度の変化の過程は掴めるだろう。そのため、ここでは単純化のために、記号-音価関係以外の要素を捨象して考えたい。この問題における、解読者にとっての認識領域では、次のような分布状態が存在する。

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U領域:音価(※正確には、記号と音価の対応関係)

K領域:線文字の記号

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線文字B文書は、記号としての線文字を、U領域からK領域に遷移させる。ところが、線文字B文書は、それ自体では直接に各記号の音価を教えてはくれない。各記号の音価は、依然として未知のままである。正確に言えば、記号と音価の対応関係は、U領域に属しているままである。

ここで解読格子のグループGがあると考えてみよう。このグループ内の解読格子には、予め線文字Bのすべての文字に対応する音価が割り振られている。解読者たちは格子を切り替えながら文書の読解を試みる。すると線文字Bに解読格子を当て嵌めるとき、大きく3つのパターンが考えられる。

パターン①は、解読格子が殆ど~まったく文書の解読に貢献しない場合である。このパターンでは、解読格子はすぐに棄却されることになる。

パターン②は、解読格子によって部分的な解読が可能だが、文書全体を説明できる水準には達しない場合である。

②のパターンでは、解読格子は最終的に棄却される。このパターンでは、文書の読解は部分的に上手くいくが、文書全体では不整合が生じるため、この解読格子は採用できない。

パターン③は、解読格子によって文書全体を説明できる場合である。このパターンでは、文書解読は部分的な整合性を超えて、全体を一貫して理解できるようになる。

線文字Bの文字-音価関係の解明に必要な解読格子は膨大な数にのぼり、その殆どはパターン①または②に該当するだろう。これらのパターンでは、遷移度/明瞭度はある程度高められたとしても、どこかでそれ以上解読が進められないような限界的な閾値に突き当たり、最終的には棄却せざるをえなくなるだろう。ただし、パターン①と②は決して意味のない失敗などではなく、次の解読格子に切り替える際の重要な手掛かりになる。

このように考えると、遷移度/明瞭度の変遷プロセスについて、次のことが言えるだろう。

遷移度/明瞭度の変化のプロセスは、単調なものではなく、多くの揺り戻しを含む不均一なものである。またこの過程には、しばしば限界的な閾値や帯域が現れる。また特定の枠組みによる局所的な遷移度/明瞭度の上昇は、かりに問題を完全に解決できないとしても、新しい枠組みの形成やそれを適用することによる全体の遷移度/明瞭度の変遷に役立つのである。

※補足において、このような複数枠組み間の遷移可能性の保持こそ、問題解決や認識の変化を引き起こす重要な条件であることが示される。

 

■遷移度/明瞭度の変化――枠組みの変遷

遷移度/明瞭度の変化は、多次元的あるいは多層的に進行するプロセスである。認識領域上に分布し、遷移するのは、個々の概念だけはない。概念的により高次のレベルでは、複数の概念のまとまりを包摂する枠組み(パラダイム)の分布の変遷も起きている。遷移度/明瞭度の変遷とは、多様な概念や事象を包摂する枠組みが切り替わり、認識構造そのものが解体&再編成される過程なのである。

 

■2.周期表の成立と元素予測(19世紀ヨーロッパ)🔬

1869年、ロシアの化学者ドミトリ・メンデレーエフ は、原子量と化学的特性の問題に取り組んでいた。彼はサンクトペテルブルクの自宅で、63種類の元素名を記したカードを原子量順に並べることを試みていたが、あるとき物質の性質が周期的に変化する法則――周期律――を見出した。

この周期律に基づいて、配列を組み換え改善を続けていき、今日知られている周期表の原型を完成させた。この周期表には空白の箇所が残されていた。そこでは未知の元素(【エカホウ素,エカアルミニウム,エカケイ素…】)の存在が予言され、彼はその性質をも予測していた。

その後、1875年にガリウム(Ga)、1879年にスカンジウム(Sc)、1885年にゲルマニウム(Ge)が発見され、これらの元素はメンデレーエフの予測と近い性質を示した。

 

この化学史の事例は、諸概念のグループおよび枠組みの遷移により、化学分野の概念空間の構造が大幅に変化する過程として読むことが可能である。本書の見地からすると、周期表は、化学概念を空間的に配置した認識の地図であると言える。というのも、化学概念が空間的に配置された周期表は、化学分野における既知/未知の領域を含む認識の構造を可視化するものだったからである。

大幅に単純化することになるが、幾つかの時点における遷移度/明瞭度の変遷を辿ってみよう。以下の分布は完全な表示ではなく、飽くまで仮想的かつ部分的なものである。

メンデレーエフ以前、19世紀初頭には、既に元素を合理的に分類する試みは始められていた。当時、新しい元素が次々と発見されていた。化学分野あるいは化学者たちの認識領域上において、諸概念は大方このような分布状態にあったと考えられる。

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U領域…???(分類方法を含む)

K領域…多数の既知元素(【水素、酸素、鉄、銅…】)63種類、原子量など

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1869年、メンデレーエフによる周期表の発見によって、既知元素の適切な配列パターンが見いだされた。既知の元素概念の分布状態が変化し、新しい化学概念――周期律――が遷移する。メンデレーエフの認識領域では、恐らく次のように諸概念は分布していた。

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U領域…???(※未知の元素(【エカホウ素,エカアルミニウム,エカケイ素…】)、原子構造を含む)

K領域…周期律、原子量、既知元素(【水素、酸素、鉄、銅…】)など

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周期表には空所が設けられており、未知の元素(【エカホウ素,エカアルミニウム,エカケイ素…】)の存在が原子量や化学的性質を含め予測された。やがて、予言された未知の元素は、U領域からK領域に遷移してくることになる。ただし、周期律が成立する根本的な理由、原子構造の詳細などについては彼にとってU領域に属していた。

これまでの流れを振り返ると、遷移度/明瞭度は多層的な水準で変化していることが分かる。まず個々の元素(概念)がU領域からK領域へ遷移するという個別の概念レベルの変遷がある。さらにそれらの概念群の適切な配置方法が見出され、それを統一する周期律(周期表)という枠組みが形成されるという、より高次の枠組みレベルの変遷が起こり、その枠組みに基づいて未知の元素まで予測可能になった。その後、新しい化学概念や枠組みがさらにそのうえに重ね合わせられることになった。このプロセスでは、個々の概念が遷移しただけでなく、それらを組織する枠組みそのものがU領域からK領域へ移行している。今日では、膨大な化学的概念(【原子構造,族と周期、原子半径、原子価、電気陰性度…】)が周期律(周期表)に重ね合わせられ、理解されている。これは個々の概念の遷移や単純な組み合わせとしては理解できないだろう。

遷移度/明瞭度の変遷とは、このように単に複数の概念や諸要素がバラバラにU領域からK領域に移行し、認識に影響を及ぼすだけの過程ではなく、高次の枠組みの変遷による大規模な認識構造の革新・刷新も含むものなのである。

 

以下のすべての事例について言えることだが、こうした題材について、認識表現モデルを通じて理解することが正しいと主張している訳ではない。

上記の事例についての分析も、その題材の内容の豊かさを、単純に諸要素の集合に還元できるなどという主張でもない。

そうではなく、このモデルを適応するならば、その限りでこのような記述・整理・理解もひとつの解釈事例として可能だろうと述べているに過ぎない。

※概念空間論は、自由に思考する体系である。このことは本書におけるあらゆる記述に当てはまる。

 

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遷移度/明瞭度の機構(システム)

認識表現モデルには、平面表示と線分表示の二種類がある。遷移度/明瞭度の機構とは、認識表現モデルを線分表示するものである。このモデルでは、歯車機構のように、複数の準量的な尺度が嚙い合いながら変遷し、各要素同士が緩やかに対応しつつ増減していくことが想定されている。

・遷移度と明瞭度の概念的な機構(システム)

遷移度/明瞭度の機構は、次の三本の線分から構成される。第一の線分は、概念量の線分である。第二の線分は、遷移度/明瞭度の線分である。第三の線分は、認識の変容あるいは問題解決プロセスの線分である。これらの線分上を、各動点が認識の状態に応じて動いていくと考えてみよう。これらの線分は、相互的に緩やかな対応関係にある。

1.第一の線分:概念量

第一の線分は、概念量を表象する。この線分上では、概念量が変遷することによって、動点がシフトしていく。この概念量の変遷は、諸概念のグループや複数の枠組みの獲得・形成・変化の過程として考えられる。

①諸概念のグループの形成【概念a、概念b、概念c、概念d、概念e…】

②複数の枠組みの形成【枠組みA、枠組みB、枠組みC、枠組みD、枠組みE…】

そして、この第一の線分上の動点の移動は、次の第二の線分上において、遷移度/明瞭度のメトリックによって表現される。つまり、第一の線分上における概念量の変遷――諸概念のグループや複数の枠組みの獲得・形成――は、第二の線分において、遷移度/明瞭度の変遷として記述/理解/表現されることになる。

2.第二の線分:遷移度/明瞭度

第二の線分は、遷移度/明瞭度を表象する。この線分上では、諸概念あるいは枠組みのグループと認識領域(K領域/U領域)の関係の変化によって、動点がシフトしていく。第1章の概念の機能論で述べたように、概念は、地理学的/光学的機能をもつ。そのため、概念量の変遷は、認識領域(K領域/U領域)上において、地理学的かつ光学的な影響を及ぼすことになるのである。地理学的機能の観点から見ると、概念量が変遷すると、マクロ~ミクロの次元で、次のような変化が起きる。ミクロ的なレベルでは、諸概念のグループは、相互に結びつき、あるいは組み合わせられ、新しい接続/切断的関係を形成することになる。マクロ的なレベルでは、諸概念のグループは、認識領域(K領域/U領域)上において局所的に分布する。光学的機能の観点から見ると、概念量の増加によって、次のような変化が生じる。諸概念のグループは、認識領域を多様な仕方で照射し、新しい明暗・光量・照度の関係性を作り出し、局所的にK領域/U領域を塗り替えていく。このようにして、地理学的には遷移度が変化し、光学的には明瞭度が変化するのである。

第二の線分上における遷移度/明瞭度の変遷は、次の第三の線分における問題解決プロセスあるいは認識の変容に繋がる。

3.第三の線分:認識の変容または問題解決プロセス

第三の線分は、認識の変容あるいは問題解決のプロセスを表象する。この線分上では、第一の線分における概念量、第二の線分における遷移度/明瞭度の変遷によって、認識の変容あるいは問題解決のプロセスが進行することによって、動点がシフトしていく。

 問題解決のプロセスにおいても、第一の線分において十分な概念量があること、第二の線分において、十分に遷移度/明瞭度が高まることが何より重要である。なぜなら、概念の不足状態では、問題は解決に至らないからである。以上の叙述によって明らかになったのは、この三本の線分は、緩やかな同期的対応の関係にある、ということである。

ただし、上記の説明には、まだ思い込みの作用が含まれていない。次節では、さらに隠れた因子としての思い込みによる働きを含め、遷移度/明瞭度の機構を理解していく。

 

 

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思い込みモデル

■思い込み――隠れた因子としての

本節では、思い込みというテーマを扱う。これまで本書では、「思い込み」という言葉を、必ずしも一つの文脈に限定して用いてきたわけではない。焦点の当て方によって、様々な側面がある。

思い込みは、良いもの/悪いもの?という区分や問いの立て方をしてしまうと、思い込みという問題を単純化してしまうし、ミスリーディングである。

・第一章・思考の自由論では、思い込みの本質を次のように表現した。

思い込みとは、既知によって未知を覆い隠す認識であると。

しかし、概念空間論において、これは思い込みを「悪いもの」と解釈している、ということではない。なぜなら、思い込みを持つことはわれわれにとってごく自然なことであり、完全になくすことはできず、またその必要もないものだからだ。思い込みは、極めて人間的な条件でもある。

 

以下では、思い込みのもつ側面を大きく二つに分け、そのうえで文脈を一度まとめておく。

これから思い込みについて扱うが、前提として次の点が重要である。

 

■思い込みの2つの側面――思い込み=単純に悪いものではない

思い込みには、互いに表裏の関係にある二つの性質がある。これは認識というものを構造・形態的なものとしてとらえた場合だが、それは安定性(化)と固定性(化)である。これは同じものを二つの観点から焦点を当てたときの像であり、別のものではない。そのため、このどちらかだけを享受し、どちらかだけを排除することはできないだろう。

①安定性(安定化)の側面

第一は、**認識を支える側面**である。人間は、何らかの既知の概念、経験、知識、信念、枠組みを通して世界を認識している。それらが一定の安定性を持つからこそ、対象を対象として捉え、概念を概念として用い、問題を問題として構成することができる。この意味で、思い込みは認識を安定させ、世界を一定の形において把握するための基盤ともなりうる。

②固定性(固定化)の側面

第二は、**認識を閉じる側面**である。既存の認識がその安定性を超えて固定化され、それ自体が疑われにくくなるとき、思い込みは未知の可能性を覆い、別の枠組みへの移行を妨げる。既知の枠組みが唯一の見方であるかのように扱われるならば、U領域に存在する可能性や、別の枠組みへ向かう変遷可能性は認識されにくくなる。このとき思い込みは、認識を支える条件であると同時に、その認識を閉じる条件となる。

 

 

このように整理すると、「思い込み」は単純に排除されるべきものではないことが分かる。

日常生活に資するようなあらゆる信念にまで否定的なニュアンスを込めて「それは思い込みだ」などという必要はないし、殊更疑う必要がない信念もあるだろう。

だが一方で、何らかの理由から考えたり何らかの基準に照らして、あまり「望ましいとは言えない信念」もある訳で、それを一般的にわれわれは「思い込み」と呼んでいるのだろう。

思い込みの認識に対する作用は、必要な安定性として機能することもあれば、変遷可能性を閉じる固定化として作用していることもある。重要なのは、見極めることである。

したがって、本書において思い込みを問題にすることは、「思い込みをなくす」という単純な問題ではない。重要なのは、

思い込みとは何かを十全に理解し、必要に応じて認識の変遷可能性を開けるようにすることである。

そして思い込みは、十全に理解されれば、むしろ認識の変化を引き起こすための契機であることが分かる。

 

 

●認識表現モデルと枠組み

①認識表現モデルは、認識の変遷過程をミクロ~マクロの任意のスケール間(解像度)で追うことができる。

※より微視的に捉える場合、諸概念のグループを基本的な要素とすればいい。より巨視的に見たい場合、枠組みを要素として想定する。ところが、このモデルは認識の変遷過程を追えるのだが、しかし実際の認識過程はそれほど流動的でも直線的に変動する進む訳でもなく、固定性をもつものでもある。

②遷移度/明瞭度の変化の過程で、諸概念のグループから、枠組みの形成という現象が自然と立ち現れてくる。枠組みの形成は、信念や思い込みを伴う。そしてこれらの枠組み同士は多様な関係性を結ぶようになる。ところが、これらの枠組みはすべてが親和性が高い訳ではなく、いずれ必ず「相性が悪い」ものが出てくるだろう。

③複数の枠組み間の変遷の問題が、ここで現れる。

 

①α→βとの関係において

②複数の枠組み間の変遷における障害として

③問題解決の障害として

 

①概念空間論は、α→βを最高原理として設計されている。

α→βとは、認識の変遷可能性がつねに保たれており、閉じられず開かれることである。

②人間の認識は、しかし変遷可能性が閉じられていく傾向が強くある。

思い込みは、認識の変遷可能性を閉じる原因・要因として考えられる。

③思い込みは、複数の枠組み間の変遷における障害となる。

④したがって、思い込みは、問題解決の最大の障害でもある。

 

④認識表現モデルの隠れた因子として

⑤認識の変化を引き起こす契機として

 

■定式α→β、認識の変遷可能性と思い込み

●α→β式との関係において

より根本的な問題は、α→βという形式によって開かれている認識の変遷可能性が、実際の認識主体において、なぜ、どのように閉じられうるのか**ということである。

 

■思い込み=認識の変化の契機

思い込みは、十全に理解されれば、むしろ認識の変化を引き起こすための契機であることが分かる。

裏返せば、思い込みが存在しなければ、認識の変化という価値ある体験をすることもできない。

この意味において、思い込みは認識を閉じる因子であると同時に、その存在と作用が認識されることによって、認識の変化を引き起こす契機ともなりうる。

 

●認識表現モデル―――隠れた因子の意味

以下では、認識表現モデル、あるいは「遷移度/明瞭度」の機構において、この隠れた因子としての思い込みがどのように働いているのかを確認する。

以下では、認識表現モデル、あるいは遷移度/明瞭度の機構において、思い込みがどのような働きを持つのかを確認しながら、複数の枠組み間の変遷がいかにして可能となるのかについて考察していく。

特に、K領域とU領域との関係、認識された枠組みの固定化、そして既知の枠組みから未知の枠組みへの変遷という問題を通じて、思い込みが認識の変遷可能性にどのような作用を及ぼすのかを考察したい。

このモデルには、隠れた因子としての思い込みが組み込まれている。そのため、これは思い込みのモデルでもある訳だ。後ほど、思い込みはこの機構のなかでどのように働くかを考えていく。

 

 

【定義Ⅰ】思考の自由さとは、原理の次元で与えられる限りの、あらゆる思考の可能性を自覚的に実現しうることである。

【定義Ⅱ-a】思考の自由さとは、認識領域における遷移度/明瞭度の変化を通じて、新しい認識の変容を引き起こしうる思考の状態および能力のことである。

【定義Ⅱ-b】自由な思考とは、隠れた因子としてのあらゆる思い込みから解き放たれた思考である。

【定義Ⅲ】思考の自由さとは、認識の場において、自覚性を保った懐疑的思考/創造的思考を通じ、複数の枠組み間を変遷することで、新しい認識の変化を引き起こす思考の状態や能力のことである。

 

 

※遷移度/明瞭度の機構

 

前節では、遷移度/明瞭度の機構の内容を大まかに確認した。ここでは、認識表現モデル、あるいはこのモデルを線分表示した遷移度/明瞭度の機構において、隠れた因子として埋め込まれた思い込み(信念)の作用や性質について考えてみよう。

 

思い込みの諸性質

このモデルにおける、隠れた因子としての思い込み(信念)の作用や性質は、次の4つにまとめられる。①~③は、それぞれ三本の線分に対応するように作用する。

ただし、この整理は、思い込みのすべての側面を示すものではなく、部分的な側面を抽出したものになっている。

 

⓪思い込みは、基本的に自覚することができない(非自覚性)

①思い込みは、概念量の変遷による諸概念の関係性を恒常化する(安定化、固定性)

②思い込みは、遷移度/明瞭度の変遷に抵抗する(抵抗性)

③思い込みは、新しい認識の変容を抑制する(抑制性)

 

遷移度/明瞭度の機構と思い込み

遷移度/明瞭度の機構は、三本の線分から構成されていた。第一の線分は概念量を、第二の線分は遷移度/明瞭度を、第三の線分は認識の変容あるいは問題解決プロセスを表象している。

このモデルの流れに沿って、思い込みがどのように働くかを確認してみよう。前提として、ある認識主体Sがいて、様々な学習・経験を通じて新しい概念を獲得していると仮定しよう。

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第一の線分について。この線分上では、思い込みの諸性質・作用①が働く。

この線分上において、概念量が変遷すると、それに伴い諸概念あるいは複数の枠組みのグループが形成され、また変化していく。

①諸概念のグループの形成【概念a、概念b、概念c、概念d、概念e…】

②複数の枠組みの形成【枠組みA、枠組みB、枠組みC、枠組みD、枠組みE…】

このとき思い込みは、この過程において諸概念の関係性や枠組みの構造を安定化・固定化(恒常化、常態化、習慣化…)するように働く。

第二の線分について。この線分上では、思い込みの諸性質・作用②が働く。この線分上において、遷移度/明瞭度は、第一の線分において概念量の変遷に応じて変化していく。この過程は、地理学的/光学的な過程として理解できる。地理学的な観点から見ると、思い込みは、遷移度の変化を固定化する。概念量の変遷によって、諸概念や複数の枠組みのグループは、認識領域上において局所的に分布し、K領域/U領域上において多様な関係性を結ぶ。ところが、思い込みは、この分布の変遷を固定化するように働くのである。光学的な観点から見ると、思い込みは、明瞭度の変化を固定化する。概念量の変遷によって、諸概念や複数の枠組みのグループは、認識領域(K領域/U領域)上を局所的に照射し、新しい明暗・光量・照度の関係性を作り出し、局所的にK領域/U領域を塗り替えていく。ところが、思い込みは、この明暗や照度の変遷を固定化するように働くのである。これは地理学的/光学的な抵抗性として理解することができる。

第三の線分について。この線分上では、思い込みの諸性質・作用③が働く。この線分において、認識の変容あるいは問題解決のプロセスは、概念量の変遷および遷移度/明瞭度の変遷に応じて、進行していく。ところが、思い込みは、認識の変容あるいは問題解決のプロセスで暗黙裡に作用し、この過程をしばしば抑制する。第三の線分における思い込みの作用は、基本的に第一の線分、第二の線分における作用に由来する。この結果、問題解決プロセスは行き詰まり、また新しい認識の変容は生起しなくなるのである。

 

■3.複数の枠組み間の変遷における思い込み

ここでは実践的な次元において、複数の枠組み間を変遷するプロセスにおいて、思い込みの働きを考えてみよう。

次のように、複数の枠組みのグループがあるとしよう。

【枠組みA、枠組みB、枠組みC、枠組みD、枠組みE…】

このような複数の枠組みの間では、様々な関係性のパターンが考えられる。

 

特定の認識主体にとって、このパターン③に該当する関係性にある既知の枠組みと未知の枠組みがあるとしよう。

そして、このような集合内部における既知の枠組みから未知の枠組みへの移行は、次のように表現できる。

枠組みα→枠組みβ

思い込みは、このような複数の枠組み間の変遷の過程において、次のような経路で作用する。

 

既知の枠組み――順強化

第一の作用は、既知の枠組みに対する働きである。思い込みは、自身の信念に合致する知識・情報に対して肯定的・受容的に働き、その枠組みをを強化するように機能する。さらに、ここでは暗黙的な枠組みへの確信を深めるような認識の変化が起こる。(確証バイアス的)

未知の枠組み――反強化

第二の作用は、未知の枠組みに対する働きである。思い込みは、自身の信念に反する知識・情報に対して排他的に働き、新しい枠組みを否定的・拒絶的(抵抗、不信など)するように機能する。そして、このとき認識の変容は起こらない。未知の枠組みを拒絶するとき、反動的に、既知の枠組みの正しさへの確信はさらに深いものになる(保守性バイアス的)

既知の枠組みから未知の枠組み――変化への抵抗

第三の作用は、既知の枠組みから未知の枠組みへの移行や変化に抵抗する働きである。

思い込みは、しばしば変化することを拒み、現在の状態を維持・保持するように働く。

このように思い込みは、複数の枠組み間の変遷の過程において現れ、三重のパターンで既知の枠組みから未知の枠組みへの移行を束縛する。このような思い込みの働きによって、しばしば既知の枠組みから未知の枠組みへの移行は束縛され、新しい認識の変化は抑制されるのである。※これは最も困難なケースにおける働きを示したものである。

 

■4.問題解決の障害として

問題は、認識なしには表れない。それゆえ問題解決のプロセスは、基本的に認識の変遷を伴うと考えられる。問題は、複数の枠組み間の関係によって構造化され現れるが、思い込みは認識の変遷可能性を閉じさせ、問題が解決に至ることが難しくなる。そのため、思い込みを疑うことは、極めて合理的な選択だと言えるだろう。

第1章では、実践的な思考の次元においては、三つの極が必要であると述べた。複数の枠組み間を自在に変遷するには、これらの三極の協働が必要になる、ということを改めて確認してほしい。

 

■5.複数の枠組み間変遷と認識の変化

既知の枠組み→未知の枠組みへの移行・切り替えから、認識の変化が起こる。しかし、そもそも思い込みによる固定化があるからこそ、認識構造が組み替えられ変遷したとき、認識が起こるとも考えられる。こうした見方をすれば、思い込みは認識の変化を引き起こすための契機でもあると言えるだろう。

 

 

第1章では、実践的な思考の次元においては、三つの極が必要であると述べた。複数の枠組み間を自在に変遷するには、これらの三極の協働が必要になる、ということを改めて確認してほしい。

 

実践的な思考における三つの極――自覚性、懐疑的/創造的

第1章では、実践的な思考の次元においては、三つの極が必要であると述べた。複数の枠組み間を自在に変遷するには、これらの三極の協働が必要になる、ということを改めて確認してほしい。

思い込みを疑うことの意義・価値

ここで最後に、改めて思い込みを疑うことの意義・価値を確認しておこう。

認識表現モデルあるいは遷移度/明瞭度の機構において、思い込みは、この歯車機構の運動を阻害する隠れた因子として働いていた。この働きは、地理学的/光学的な側面――二重モチーフ――を通じて理解することができる。

認識領域には、遷移度/明瞭度――認識を構成する諸々の要素の分布と各領域の照度――が考えられる。ところが、認識領域は、思い込みによって地理学的かつ光学的に規定され条件付けられるのである。思い込みを疑うことは、こうした条件下において、認識領域の因習的な構成を解体することを意味する。次章で明らかになるように、思い込みを疑うことは、否定を目的とした破壊でも、破壊を目的とした否定でもない。真に懐疑的な思考は、遷移度/明瞭度の変化を促進し、諸要素の局所的分布と布置的関係性、光源の固定的配置を組み換え、認識の変容を引き起こす。これは認識領域上において、地理学的に新しい領域が開拓されること、光学的に暗がりの領域が明るみへと塗り替えられることを意味する。思い込みを疑うことは、U領域への冒険を肯定することであり、新しい光を受容することなのである。

第4章では、懐疑的な思考は、創造的な思考と協同して働くことが示される。そして、思い込みを疑うことは、地理/光の認識の地図の再編に繋がることが明らかになるだろう。

 

 

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