概念空間論
はじめに――本稿の目的
なぜなら問題はあいかわらず折ること、折り目を広げること、折り畳むことだからである。
――――ジル・ドゥルーズ『襞』
本書の目的は、概念空間論という体系について概説することにある。概念空間論とは、思考・認識・問題解決に関するメタ的なモデル・システムである。これは概念の集合(概念のグループ)を扱う体系的な枠組みであり、また物事について、途方もなく自由で創造的な思考を展開するための思考様式でもある。
本書の内容や記述は、どの頁を開いても異様なものと映るかもしれない。本書の主題は、一般的な書籍と比べてかなり特殊なものだと思われる。以下では本書を読むうえでの困難さを幾らか取り除くように努めたい。本書において最も重要なのは、次の表現である。
α→β
※あるいは、既知の枠組みα→未知の枠組みβ
これは端的に言って、認識(物事の捉え方)というものが、持続的に変化していく過程全体を表現している。例えば、書物を読む過程も、この定式α→βを適用して理解することができる。読者が本書を読み進めるプロセスにおいて、最初の認識の状態をRとしてみよう。すると、このRは永遠に不変である訳ではないことに気付く。読むというプロセスでは、それをどのように解釈するかに関わらず、新しい認識状態への変遷を伴うことが分かるだろう。認識なくして読むことは不可能だからである。ここで新しい認識の状態をR´とすると、こうした認識状態の生成や変化は、このように記述できるだろう。
R→R´
α→βという定式は、この場合、認識の生成プロセスや生成規則を一般化したものと解釈することができる。同様に、α→βは、多様な問題解決のプロセスに伴う認識の変容過程や、学問の歴史における概念空間の変遷のダイナミズム、パラダイム・シフトと呼ばれるような巨大な複数の枠組み間の変遷を記述するものでもある。
この定式表現は、本書のすべての記述や内容を包摂した圧縮表現になっており、また本書のすべての章や節の記述は、この定式を敷衍したものになっている。序章§nにおいて、このα→βという定式について要点をまとめているため、適宜参照していただきたい。
こうした特殊なテーマを扱うがゆえに、本書には次のような特徴がある。第一に、本書は特定の考えを提示するものではないということ。「ひとつの考え方」を提示するのではなく、複数の考え方の切り替えの可能性について検討している。「ひとつの体系」を構築するが、それは無数の枠組み間を自由に遷移していく過程をモデル化したものになっている。第二に、本書は一般的な著作と異なり、何らかの正しさを主張するものでもない。この体系は「論」と銘打ってはいても「理論」ではなく、論とは(論=ある認識を可能にするための概念的な構成に過ぎない、)認識の構造が、つねに複数の枠組みの間で変遷できる可能性を保持することを、最大の目的としている。したがって本書では、著者の個人的信条・正しいと信じることを示している訳ではなく、ただ思い込みを疑うことの重要性とその方法論・モデルについて述べるものなのである。
本文で登場する概念を用いるなら、概念空間論とは<bias>の線であり、鏡である。この意味において、本書自体もまた読者自身の認識の鏡として機能しうるだろう。
本書で描出したのは、新しい思考のスタイルを始めるためのモデル装置である。この装置の至る所に、思い込みに囚われない思考を実践するための仕掛けが施されている。すべては、際限のない距離の隔たりと暗がりの中で、新しい認識の変容の可能性を拓くためである。本書が読者にとって、認識の中でまったく新しい出来事を生起するきっかけとなるような自由な書物になれば幸いである。
・・・
序章:概念空間論の全体像
本章では、概念空間論の全体を概観していく。§1において、概念空間論の全体像および本書の構成、§2において、α→βという最も重要な定式表現について説明をしていきたい。
§1.概念空間論の全体像
概念空間論には、大きく二つの部門あるいは側面がある。
第一の部門は、この体系の背景にある哲学的な理論である。次の3つが含まれ、本書では、第1章§1~3においてこれらの内容を扱う。
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①思考の自由論(第1章§1)
②概念論あるいは概念の機能論、(第1章§2)
③問題論あるいは問題解決論(第1章§3)
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第二の部門は、概念の集合を扱う体系的な思考の枠組み、概念空間論の基本である。思考・認識・問題解決についてのメタ的なモデル・システム、そして実践的な思考様式としての側面である。思考様式としての概念空間論の枠組みは、幾つかの主要な概念によって構成されている。
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1.基本的対象 :概念の集合(第2章§1)
2.設計機構 :参照平面(第2章§2)
3.認識表現モデル:認識領域(K領域/U領域)、遷移度/明瞭度、概念関係式(第3章)
4.方法論 :未概念法(第4章)
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第2章~第4章において、順番にこれらの概念について概説していく。
この思考様式は全体で一つのシステムになっているが、その部分もまた思考・認識・問題解決に関する幾つかのモデルあるいはシステムでできている。以下の図1は、思考様式としての概念空間論の全体像を示すものである。この図は、完全なものではないが、これらのモデルやシステム同士の関係性の全体像を大まかに表現している。
図1:思考様式としての概念空間論の全体像

これまでの記述により、本書の構成および概念空間論の大まかな全体像が示された。
§2 概念空間論の導出;なぜ、どのように概念空間論の主題や問題意識、そして諸概念が導き出されるか
概念空間論で扱う主題や問題意識は、すべて思考・認識・問題解決に関する、原理的な考察や洞察から、自然と導き出されるものである。以下では、こうした主題がいかにして導かれるのか、その大まかな導出過程を示す。この流れを見れば、なぜ概念空間論という体系が構想されたのか、そしてまた、なぜ本書は書かれるに至ったかが明らかになるだろう。
以下の項目リストについては、大まかに観点の系列(①~⑤)、概念の系列(⑥~⑩)、枠組み変遷可能性の系列(⑪~⑮)に分けると理解しやすいだろう。
①モナド的観点 → ②認識の原理的限界 → ③K/U領域→ ④問題の発生 → ⑤思考の開始 → ⑥枠組み形成と局所分布 → ⑦枠組み間の関係性 → ⑧問題が概念的形態で現れる → ⑨既知から未知への枠組み遷移 → ⑩思い込み → ⑪変遷可能性を開く(α→β) ⑫思考の自由さ → ⑬懐疑的/創造的な思考 → ⑭認識の変容
①モナド的観点(人間)は、特定の認識様式を備える
②認識には原理的な限界がある
③原理的な限界から、既知の領域/未知の領域が分かれる
④既知の領域/未知の領域の境界線上で、問題が現れる
⑤問題が現れると同時に、思考が始まる
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⑥諸概念のグループは枠組みを形成し、局所的に分布する
※モナド的観点は、多様な概念を通じて世界を把握する
⑦複数の枠組み同士は多様な関係性をもち、問題は概念的形態を与えられる
⑧問題は、複数の枠組み同士の関係性により構造化され現れる
⑨既知の枠組みから未知の枠組みへの変遷が必要になる
⑩枠組み間の変遷は、思い込みの作用により束縛される
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⑪枠組みの変遷可能性が開かれること(α→β)が、問題解決の根本的な条件となる⑫実践的には、思考の自由さによって、枠組み間の変遷が可能になる
⑬懐疑的/創造的な思考によって、枠組みは解体&再編成される
⑭認識構造が転換すると、新しい認識の変化が生起する
⑮認識構造の最大規模の転換が起きた場合、革新的な認識の出来事が引き起こされる
本書の記述を追う際に、必要であればこの要約を参照してほしい。これは大まかなものに過ぎないが、流れを見失わずに済むだろう。上記のような過程から、極めて重要な原理が導かれる。次にこの概念空間論における原理の記述に移りたい。
§3.定式α→β、あるいは複数の枠組み間の変遷について
概念空間論には、最上位に位置付けられる原理がある。それは次のように定式化されている。
α→β
この定式表現は、本書あるいは概念空間論のすべての記述・内容を包摂する表現でもある。以下では、この定式についてまず箇条書きにより要点をまとめて提示し、その後に敷衍していくことにする。
Ⅰ.α→βの一般原理
1.定式α→βは、認識の変遷可能性を表現する式である。
定式α→βは、認識論的な変遷可能性を形式的に表現する定式である。αとβの内容はここではまだ指定されておらず、ただαからβへの変遷可能性を表す。これは認識構造の変遷可能性そのものを最も抽象的な形式によって表現したものである。定式α→βは、認識に関する変遷可能性が決して閉じられることなく開かれていることを意味する。すなわち、認識の変遷可能性そのものを開放しかつ保存するものである。
α→βは、それ自体によって変遷の内容を規定するのではない。むしろ、変遷の内容、規模、方向、到達点をあらかじめ固定しない形式である。
本書における様々な認識の変遷は、それぞれ異なる水準における展開やα→βの具体化として捉えることができる。
2.定式α→βにおける変遷可能性が開かれていることの表現
定式α→βは、認識の変遷可能性を開きつつ保存する。この開放性は、定式α→β上で次のように表現できる。
(1)α→α´およびβ→β´の意味①
α→α´およびβ→β´は、αとβがともに変遷可能性を保持し、決して閉じられないことを表す。
α→α´は、定式α→βにおいて、何らかの原因や理由でαからβへの移行が束縛される場合でさえ、α→α´の変遷可能性を保持し、絶対化・固定化されないことを意味する。同様に、β→β´は、αからβへの変遷が起こったとしても、βは変遷可能性を保持し、βが固定的な終点や目的地ではないことを表現している。したがって、定式α→βは、一回性の変化を表すものではなく、幾度αからβへの移行が起こったとしても、つねに変遷可能性を保持し続ける形式である。
(2)α→α´およびβ→β´の意味②
α→α´およびβ→β´は、変遷の規模を予め限定されず、微細な変化・更新から大規模な認識構造の転換に相当するものまで可能性として含む。
3.具体化と展開
定式α→βのもとで、さらに認識の変遷を幾つか水準で展開することを考えよう。次の3つは、認識あるいはその変遷を異なる水準あるいは構造的スケールで捉えたものである。
(1)概念空間Gα→概念空間Gβ
(2)枠組みα→枠組みβ
(3)概念α→概念β
これらは認識構造を形作る規模という観点から見ると、次のような関係性になっている。マクロからミクロに読めば、概念空間は複数の枠組みによって構成され、枠組みは諸概念のグループから形成される。ミクロからマクロに進めば、諸概念のグループは枠組みを形成し、複数の枠組みから概念空間が構成される、というものである。つまり、概念から概念への変化もある。枠組みから枠組みへの変化もある。さらに、それらの変化が広範囲に及べば、概念空間全体の変化として捉えることもできる。
そして定式α→βのもとで考えられる以上、これらのどの水準またはスケールにおいても、認識内容の変遷可能性はつねに保たれていることになる。ただし、以下では枠組みα→枠組みβを中心として取り上げたい。枠組みは、認識内容の変遷をより具体的に考えるうえで、その内的構造やダイナミズムを考えるうえで丁度よい水準だからである。
4.枠組みα→枠組みβについて
「枠組み」とは、認識の諸要素、特に諸概念のグループから形成され、認識が関係するプロセスにおいて運用される体制的な構造やまとまりのことである。さらに、複数の枠組みは、相互に関係性をもち組織化されると、概念空間と呼びうる規模に発展する。詳細は、§n「枠組みについて」でまとめられた要点を参照してほしい。
前述の定式表現α→βの意味をもとに、枠組みα→枠組みβについて再解釈してみよう。
枠組みα→枠組みβ
枠組みα→枠組みβは、枠組みの変遷可能性を表現する。定式α→βは、認識が「変遷しうる可能性そのもの」を開き、保存する式であった。同様に、枠組みα→枠組みβは、第一義的に、枠組みの変遷可能性がつねに閉じられていないことを意味する。
※ただし、これは複数の枠組みの系列またはグループにおいて考えられることになる。
認識というものがこの水準や具体性で考えられると、既に概念的な形態を与えられたものになっており、その構造的な可塑性や再編成の可能性をも表すと解釈してもよいだろう。
ここでいう枠組みとは、「認識された枠組み」である。したがって、どのような(認識上の)枠組みであっても、永遠に不変の絶対的な固定性は持ちえないし、ほんのわずかな変化や更新、調整や修正、構造の変化、読み替えや再解釈の余地や可能性すらももたない、ということは考えられない。
5.枠組みα→枠組みβについて②
枠組みα→枠組みβにおける変遷可能性も、枠組みα→α´または枠組みβ→β´という形でより明確に表現しうる。
(1)枠組みα→枠組みα´、枠組みβ→枠組みβ´の意味①
枠組みα→枠組みα´および枠組みβ→枠組みβ´は、枠組みαも枠組みβも、変遷可能性が保たれ、決して閉じられることなく開かれていることを表現している。
枠組みα→α´は、枠組みα→βにおいて、何らかの原因や理由でαからβへの移行が束縛される場合でさえ、α→α´の変遷可能性を保持し、絶対化・固定化されないことを意味する。
▲同様に、β→β´は、αからβへの変遷が起こったとしても、βは変遷可能性を保持し、βが固定的な終点や目的地ではないことを表現している。
枠組みα→枠組みβは、特定の枠組みβを固定的な終点や目的地として指定するものではない。
したがって、定式α→βは、一回性の変化を表すものではなく、幾度αからβへの移行が起こったとしても、つねに変遷可能性を保持し続ける形式である。
(2)
枠組みα→枠組みα´および枠組みβ→枠組みβ´は、枠組みα→枠組みβにおいて、枠組みの変遷というものは、予めその大きさが限定されていないことを表現する。枠組みα→枠組みα´および枠組みβ→枠組みβ´は、ともに枠組みのあらゆる変遷を可能性として含む。
この変化や更新には、同じ枠組みへの読み替えや再解釈による変容、全体的な構造変化や視点の切り替え、または部分的(局所的)なもの、ほんのわずかな知識・情報の付加や消去、諸概念の接続関係の組み替えといった微細な変化や修正、調整などが含まれる。必ずしも、完全に異なる枠組みを指示している訳ではない。しかし、もう一方で、枠組みの変遷がより巨大なスケールまで波及すると、認識構造全体を揺るがすほど大規模なものとなることもある。
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ここまでは、枠組みα→βはまだ純粋に、水準は明確だが、形式的な原理的内容を保存している。
しかし、現実的には、枠組みとは、モナド的観点にとって「認識された枠組み」である。
次に、枠組みを認識主体にとっての枠組みとして、認識(領域)上に置いて考えてみよう。
6.認識領域上における枠組みの変遷:既知の枠組みα→未知の枠組みβ
枠組みが認識領域に配置されると、枠組みの変遷は次のような形をとる。
※本書の第3章で扱う認識表現モデルでは、枠組みは、認識領域R(K領域/U領域)上において考えられる。
既知の枠組みα→未知の枠組みβ
枠組みの変遷を実際の認識の場で考えるなら、その枠組みが主体にとって既知なのか未知なのかという問題が生じるのである。※既知と未知は、ここで極端な「完全な既知」や「完全な未知」を表現する訳ではない。
7.思い込み――変遷可能性を閉じる隠れた因子
●思い込み
ここで認識の変遷可能性が制限されたり閉じていく要因となるものとして、信念や思い込みが現れる。
モナド的観点の認識上において、その「変遷可能性」は主体側が抱える要因によって制限されるか、閉じられるのである。認識された枠組みは、その枠組みに対する評価や価値基準、信念体系、思い込みなどを伴う。これらが枠組みを固定化する方向に作用すると、枠組みの変遷可能性が閉じられていく。
※α→βの独立性
定式α→βは、相変わらず原理として独立性を保ち、変遷可能性を保存し、決して失うことはない。ここで認識上に置かれて考えられるのは枠組みであり、認識の変遷可能性を閉じられてしまうのは、既知の枠組みα→未知の枠組みβという変遷である。定式α→βではない。
●絶対化――枠組みの絶対化とは、ある枠組みの変遷可能性が認識主体にとって閉じられていくことである。このとき、特定の枠組みαやβを評価する観点としての枠組みは、この他の観点になりうる枠組みに切り替えらることが一切なくなっている。枠組みが絶対化され固定化されたとき、そこに付与されることが多いのは、例えば「正しい、間違い」という評価である。
信念や思い込みの内容や種類は多様であるため、完全な網羅的リストを作成することはできない。
典型的なものとして、正しい・間違いがある。
いずれにしても、信念や思い込みによって、既知の枠組みαから未知の枠組みβへと移行は束縛され、変遷可能性は閉じられることになるのである。
8.既知の枠組みα→未知の枠組みβにおいて、認識の変遷可能性を保持する条件
認識主体の認識上において、認識の変遷可能性を開くためには、次の条件が必要である。
(1)既知の枠組みα→α´、未知の枠組みβ→β´
既知の枠組みα→α´および未知の枠組みβ→β´は、αおよびβの固定化を防ぎ、モナド的観点の認識の変遷可能性を開くための条件である。
既知の枠組みα→α´は、思い込みによって既知の枠組みが固定化され、既知の枠組みα→未知の枠組みβへの変遷が起こらない場合でさえ、αの変遷可能性が開かれるための条件である。
未知の枠組みβ→β´は、既知の枠組みα→未知の枠組みβへの変遷が起こるとしても、未知の枠組みβは固定的な終点や目的地ではなく、変遷可能性を保持するための条件である。
これらの条件――既知の枠組みα→α´および未知の枠組みβ→β´――が達せられない認められない場合、αあるいはβは固定化され、認識の変遷可能性は閉ざされることになってしまう。
ただし、既にここでは、枠組みは認識上に置かれて考えられているため、重要なことはこれを実践できることである。そして、認識の変遷可能性を開くためには、「思考の自由さ」が必要になる。
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9.定式α→βは、問題解決における重要な条件を表す。
これまでの記述から、複数の枠組み間の変遷可能性を保持することは、モナド的観点にとって、問題解決を可能にする重要な条件の一つであることが明らかだろう。
※ただし、ここでいう問題とは、原理的に概念的な思考によって解決可能であるか接近しうるものを指す。
モナド的観点にとって、問題解決プロセスにおいて複数の枠組み間の変遷可能性が重要であることは、次の導出過程によっても導き出すことができる。§2において提示された、概念空間論の主題の導出過程を参照してほしい。
①われわれは認識なしに問題に直面することはない。問題とは、認識なしに現れることはない。
②問題解決プロセスは、モナド的観点にとって、認識の変遷プロセスでもある。
③問題は、概念的形態ととると、複数の枠組み間の関係性として現れる
④複数の枠組み間の移行が必要になるが、思い込みによって束縛される。
⑤複数の枠組み間の変遷可能性は、問題解決における重要な条件となる。
※既知の枠組み、未知の枠組みの位置付け
現在の枠組みαに、問題が解決するために、十分に適切な枠組みであるなら、その問題はすでに解決に至っているはずである。問題が解決されていないということは、現在の枠組みは、そのままでは不十分である可能性が高いことを示す。だからこそ、概念的な形態をもつ問題について、あるいは概念的な思考が有効な問題においては、複数の枠組み間の変遷可能性を保持することが、問題解決の重要な条件となる。特に、問題系あるいは複雑で困難な問題の解決プロセスでは、これは不可欠の条件である。
10.認識の変化
定式α→βは、認識の変遷可能性を、完全に独立した原理として、形式的に表現するものであった。
実践的には、認識上において、枠組みの変遷可能性は信念や思い込みによって閉じられていくため、自由に思考することによって開くことが必要になる。
既知の枠組みα→未知の枠組みβ
この既知から未知への枠組みの変遷ができたとき、大小の多様な認識の変化が起こる。
複数の枠組み間には、多様な関係性がある。
①このなかで枠組み同士が親和性が高い場合などはそれほど困難なく、ふつうの思考方法、学習や経験のなかで、枠組み間の変遷ができることが多い。このような場合に経験されるのは日常的なレベルの認識の変化である。
②枠組み同士の関係性として、未知の枠組みがない状態(未遷移、不在型)のもの、完全に相反する概念や条件を含む枠組み(対立型)もある。このような場合に、思い込みは最も強く働き、変遷可能性は閉じられてしまう。
③さらにまた、次なる枠組みβへの変遷が、極めて困難でありながら重大な意味をもつものもある。
既に認識の変遷について考えるとき、異なる構造スケールを挙げていた。
(1)概念空間Gα→概念空間Gβ
(2)枠組みα→枠組みβ
(3)概念α→概念β
既知から未知への枠組みへの変遷が起きるとき、それが巨大なスケールまで波及すると、枠組みを含むものがまったく異なる認識構造をもつ場合、大規模な認識構造の転換が起きることがある。この時の認識の変化は相対的により大きなものになるが、考えうる限り最大の認識の変化を、本書では「革新的な出来事」と読んでいる。そして概念空間論は、実践的には大規模な認識構造の転換による、革新的な出来事を引き起こすことを志向するものでもある。
定式表現α→βは、最高度の抽象性における認識の変遷可能性を表現するものであった。そして、ここには既に、認識の革新的な出来事が生起する可能性も含まれるのである。
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以上が、概念空間論の最上位の原理である定式α→βの概要である。そしてこの体系の最大の目的は、最上位の原理であるα→β、認識構造の変遷可能性を保持することを、抽象的なレベルでモデル化し、体系的な思考様式、システムとして設計したうえで、実践的なレベルにおいて実現することにある。
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これまでの記述により、概念空間論の原理の定式表現α→β、および既知の枠組みα→未知の枠組みβについて概観できたと思う。次にこの定式表現が、各章においてどのように位置づけられるかを確認しよう。
●第1章;思考の自由さ
第1章1節では、思考の自由論が展開される。α→βという定式表現は、自由な思考の運動を形式的に表現するものであり、また「思考の自由さ」という理念をより抽象化したものでもある。自由な思考とは、認識の生成性および複数の枠組み間の遷移可能性を保持することであり、原理的に与えられる可能性の中で、最大限の可能性を求めるものでもある。そしてそれはα→βという式に集約される。α→βにより、認識の変遷可能性が開かれた。ここでようやく、革新的な認識の変化について述べることができる。
●第2章;概念の集合G
定式表現α→βは、無限に多様な概念の集合Gを含む。諸概念のグループは、枠組みのグループを形成する。そのため、無限に多様な概念の集合Gは、実践的には、既知/未知の枠組みの系列あるいはグループとして考えられる。
●第3章;認識表現モデル
第3章では、認識表現モデルの概要が示される。α→βは、この認識表現モデルの運動全体を含むが、特に遷移度/明瞭度の機構を包摂する。あるいは集約される。
これを敷衍したときの形のひとつが、遷移度/明瞭度の機構である。
●第4章:
第4章では、未概念法という、新しい概念を連続的に創造し、問題解決を図る方法論を提示する。
定式表現α→β、あるいは既知の枠組みα→未知の枠組みβは、認識の生成規則や認識構造が変遷していく運動を表現するが、未概念法は前述の遷移度/明瞭度の機構を、特殊な方法によって駆動しつつ、この運動を強力に推進・加速する方法になっている。
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■補足;枠組みについて
1.枠組みの定義
枠組みとは、認識の諸要素、特に諸概念のグループから形成され、思考・認識・問題解決のプロセスにおいて運用される体制化されるまとまり・構造である。さらに複数の枠組みが組み合わさり組織化されると、概念空間を構成する。本書では、次のような階層関係を大まかに想定し、概念・枠組み・概念空間という用語を使用している。
(A)概念空間
(B)枠組み
(C)概念
ただし、これらは厳密な違いや定義による区別がある訳ではない。そもそも概念とは、ただ一つの名(例えば、「世界」や「宇宙」のように)を与えるだけで、ほとんど「すべて」を包摂してしまうこともできるものである。そのため、これは思考プロセスにおいて運用される何らかの要素や構造、パターンがあるとき、それをどの程度の詳細さやスケールでひとつのまとまり(いわば、単位的なもの)として捉え、さらにそれを一つの概念と見るか枠組みと見るかという問題に過ぎず、呼称のルールが決まっている訳ではない。しかし、このような階層的な区分を大まかに想定しておけば、われわれの認識上で起こる多様な思考の運動や、認識の変化のようなドラマ、認識構造のダイナミズムを捉えやすくなるだろう。
2.枠組みと信念、思い込み
枠組みの形成には、基本的に何らかの信念(体系)あるいは思い込みが伴う。後述のように、認識上で枠組みを考えるとき、この事実が重要になる。
③枠組みの種類
事例;ここでいう「枠組み」の具体的な種類としては、多様なものが考えられる。たとえば、比較的抽象度の高いものとして、学問的な理論、宗教的な教義、また日常生活における物事の見方や、個人が保持している価値観も、一定の構造をもつ限り、枠組みとして扱うことができる。
4.複数の枠組みの系列/グループ
複数の枠組みのグループを考えるとき、次のように表記する。
【枠組みa、枠組みb、枠組みc、枠組みd、枠組みe…】
5.複数の枠組み同士の関係性①
各枠組み同士の間には、多様な関係性がある/関係性をもちうる。これらの関係性は、基本的に各々の枠組みを構成している諸概念の関係性に基づくと考えてよいだろう。以下では、その関係性を幾つか挙げてみたい。
ただし、これは枠組み同士が持ちうる関係性を網羅した、完全なリストを作ることを目的としたものではない。
※枠組みa、枠組みbがあるとする
同一:枠組みaと枠組みbは、同一である
類似:枠組みaと枠組みbは、類似している
相違:枠組みaと枠組みbは、異なっている
共通:枠組みaと枠組みbは、共通する部分がある
並列:枠組みaと枠組みbは、同じ水準で並列している
補完:枠組みaと枠組みbは、互いに補完し合う関係にある
対立:枠組みaと枠組みbは、反対の条件や概念を含み対立する
矛盾:枠組みaと枠組みbは、相互に成り立たず矛盾する
論理:枠組みaを前提とすると、枠組みbが帰結として導かれる
理解:枠組みaの観点から、枠組みbは理解される
全体/部分:枠組みaと枠組みbは、全体と部分の関係にある
抽象/具体:枠組みaと枠組みbは、抽象と具体の関係にある
etc…
6.枠組み同士の関係性②
複数の枠組み同士は、思考プロセスのなかで運用されながら、相互に影響を及ぼすことになる。
複数の枠組みのグループ(【枠組みa、枠組みb、枠組みc、枠組みd、枠組みe…】)があり、認識の変遷を考えてみると、次のように表記できる。ここで順序的に、左側は変遷前を、右側は変遷後を表す。
枠組みⅩ→枠組みY
このような枠組み間の変遷には、様々なパターンが考えられるだろう。これも完全なリストではなく、またそれを目的としたものではない。
修正:枠組みaがわずかに修正・変更され、枠組みa´になる
転化:枠組みaが枠組みbに転化する
合成:枠組みaと枠組みbが組み合わさり、新しい枠組みcが形成される
分類:枠組みaを分類すると、枠組みbと新しい枠組みに分けられる
統合:枠組みaと枠組みbが、より高次の枠組みnにより統合される
再解釈:枠組みaと枠組みbは、枠組みcにより理解されていたが、枠組みdにより再解釈される
etc…
複数の枠組み間の変遷――①枠組みの数
特定の枠組みから異なる枠組みへの移行や変遷をするとき、枠組みの数はあまり重要な意味を持たない。
枠組みa→枠組みb
この表記は、これは必ず「一つの枠組みから、もう一つの枠組みへ」という移行を表す訳ではない。ここで関わるのは「2つの枠組み」のみとは限らない。この変遷プロセスでは、このほかの様々な枠組み(【枠組みc、枠組みd、枠組みe…枠組みx、枠組みy、枠組みz…】)が介入すると考えられる。
7.認識領域上における枠組み
ここでいう枠組みとは、基本的に認識(領域)上の枠組みであり、モナド的観点によって「認識された枠組み」を意味する。したがって、完全に「客観的」な枠組みを指す訳ではない。以下では、はっきりと「認識上の枠組み」を想定して考えていこう。まず次の2つを考えてみたい。
①既知/未知
枠組みは、認識領域上では、既知の枠組みあるいは未知の枠組みとして扱われる。この既知/未知の区分は、連続的あるいは段階的な変化が想定され、遷移度/明瞭度という尺度で理解されるものである。極端な「完全な既知/完全な未知」と綺麗に分けられるものとは考えられていない。
※第3章の認識表現モデルでは、認識領域R(K領域/U領域)上において概念の分布を考えるため。
②信念、思い込み
枠組みとは、必ずモナド的観点あるいは認識主体にとって信念や思い込みを伴うものである。信念や思い込みによって、枠組みは安定性をもつと同時に、固定的なものとなる。典型的なものとして、「正しい/間違い」のようなものがある。
8.複数の枠組み間の変遷――既知の枠組みa→未知の枠組みb
ある認識主体にとって既知の枠組みaと未知の枠組みbがあるとし、次のように認識の変遷を考えてみよう。
既知の枠組みa→未知の枠組みb
なお、ここで個の変遷プロセスについて、分類表を作成することはできない。既に「複数の枠組み間の関係性」について述べたが、さらに認識領域上では、既知/未知の区分や信念・思い込みの影響まで考慮するので、これは非常に複雑なプロセスであり、分類することは難しいのである。
しかし、本書の目的に照らして、この多様な関係性のなかで、次の2種類のパターンは考察に値する。
※思い込みが最も強く作用し、認識の変遷可能性が閉じられるから。また問題解決の最も困難なパターンの一つでもある。(全体として、一つの流れと見ることもできる)
①不在型:既知の枠組み(既遷移)→未知の枠組み(未遷移)
②対立型:既知の枠組み(正の枠組み⇔反の枠組み)→未知の枠組み
①不在型:
既知の枠組みでは、何らかの考察対象を理解できない、問題を解決できないケースである。そして、その対象や問題を理解したり解決するための枠組みがまだ獲得されていない状態である。
われわれの問題解決プロセスの非常に多くのケースがこれに当て嵌まる。
②対立型:
ある特定の枠組みと別の枠組みが、相反する条件や概念を含み、対立するケースである。
ある認識主体が信じている枠組みを「正の枠組み」、それと対立する枠組みを「反の枠組み」としよう。ここでこの認識主体は、正の枠組みを「正しい」と信じ、反の枠組みを「間違っている」と信じている。さらに、ここでこの対立をどう解消できるか否かが問題となるとき、次のような枠組みの関係性がある。
既知の枠組み → 未知の枠組み
(正の枠組み⇔反の枠組み) (未遷移、不在)
遷移度を考えると、大まかに言って次のような状態である。
既知の枠組みは高遷移~全遷移(既遷移)
未知の枠組みは低遷移~無遷移(未遷移)
これは問題解決プロセスのパターンとして、非常に多いケースである。
●認識の変遷、枠組み間の変遷と思い込み
上記のようなパターンにおいて、思い込みは非常に強力に働く。それは歴史を見れば、そしてわれわれの経験から明らかだろう。
※ただし、これは思い込みを持つことが「悪いこと」だと述べているのではない。
本書は、「思い込みを持つこと」「何かを信じること」「正しい/間違いのような評価そのもの」を問題としているのではなく、認識の変遷可能性が閉じられてしまうことを主題として取り上げている。
※重要なことは、認識の変遷可能性が開かれ、閉じられずにいることである。そして目的に応じて、あるいは必要なときに、認識構造の変化を引き起こせることである。だからこそ、定式α→βは重要な原理としてある。
10.枠組みと問題、あるいは問題解決
問題は概念的形態を得ると、枠組み同士の関係性という形で現れる。
そして上記のように、問題はしばしば、既知の枠組み→未知の枠組みという形式で現れる。
11.枠組み間の変遷と認識の変化
枠組み間の変遷プロセスでは、認識構造が組み替えられる。枠組み間の関係性やその強度に応じて、認識構造の解体&再編成のエネルギーが変わる。
枠組みの系列を辿ると、頻繁に対立構造が現れる。このような関係性のもと、認識構造が転換するとき、革新的な出来事が起こることが多い。
事例
天動説、地動説について考えてみよう。
これらは諸概念のグループから形成される枠組みであると考えられる。
【地球、太陽、宇宙、中心、星座、運動…】天動説;地球が宇宙の中心にある、地球を中心として星々は動いている地動説:太陽が中心にあり、地球が動いている
天動説と地動説は、どちらも一つの概念である。しかし、それは「枠組み」と理解することもできるだろう。例えば、天動説を信じる者が、地動説に対して、「地動説は異端であり、間違っている」と考えたとしよう。そして、その根拠として「地球こそが、宇宙の中心である」という天動説が基準として働いているとき、これは「枠組み」と呼んでも差し支えないものだろう。そして枠組みには信念や思い込みが伴い、「正しさ」のような評価も結び付いている。(※さらに背景に「天動説は、カトリック教会が正当と認めているもの」)
既知の枠組み→未知の枠組み
(※事例;典型的な事例として、天動説→地動説、のようなパラダイム・シフト)
学問的な理論について、考えてみよう。ある学問分野には「完全な枠組み」が存在すると考える人々もいるかもしれない。自然科学における実証的な理論、数学的に証明された公理や体系など。しかし、それらが仮に形式的な記述において「完全な枠組み、理論内容」として保存されているとしても、それと「枠組みについての認識」は全く別のことである。ある理論的枠組みを学ぶには一定の時間がかかるし、その間に認識内容はつねに変遷し続ける。「完全な理論」が存在するとしても、それは再解釈され続け、また何らかの文脈に適用されれば、やはり「認識された枠組み」はたとえわずかな変化すら起こらない、ということはあり得ない。より長いスパンでみれば、さらにそれは特定のパラダイム内のことであって、つねに異なるほかの枠組みによって再解釈されたり、枠組みの構造が組み替えられる可能性は常に存在するのである。そして本書で扱っているのは、終始この「認識された枠組み」の方である。
§n?.原理の次元について、あるいは思考の自由さの問題
なぜ、思考と自由が結び付き、「思考すること」について考えるうえで「自由さ」が問題になるのかについて、はじめに述べておこう。自由な思考、あるいは思考の自由さという理念は、「思考すること」について原理的に考えることによって、自然と導き出されるものである。なお本書では、思考とは、概念的な思考に限定している。
原理の次元、というものについて考えてみよう。すると、思考とは、原理の次元に基づいて人間に与えられた可能性の一つである、ということが分かる。なぜなら、もし原理的に、最初から人間にとって「思考すること」が不可能であるとすれば、われわれは思考することはできなかったはずだからである。原理は、あらゆるものを生起させ支配する法則であると同時に、潜在的な可能性/不可能性を規定する条件でもある。原理的に可能なことは確率的に生起するが、原理的に不可能なことは起こりえない、というように。そのため同様に、一方で思考は原理的に与えられた可能性ではあるが、しかしもう一方で原理的に思考が可能であると言っても、何の制限もなくあらゆることを思考しうる訳でも、思考によってすべてが可能になる訳でもない。こうして、原理の次元から、思考に関する問題系――なぜ問題は現れるのか、思考とは何か、思考に与えられた最大の可能性は何か、そして思考における自由さとは何か――に導かれることになる。
ひとつ注意しておきたいことがある。原理の次元について考えることなしに、思考することについて考えることはできない。思考は原理的な可能性のひとつである。しかし、これは楽観的な意味合いでは決してない。確かに、われわれは思考している。ただし、原理の次元に照らして考えるなら、われわれは思考を強いられているのであって、思考している訳ではない、ということははっきりと自覚していなければならない。この点を見落としてしまうと、思考について何一つ理解できなくなるし、また「自由に思考すること」もできなくなる。

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