■■【未概念法】■■■
本章では、概念空間論における強力な方法論である未概念法について述べる。未概念法とは、未概念という特殊な概念群を用いて新しい概念を連続的に創造し、遷移度/明瞭度を際限なく高める方法である。この帰結として、認識の変容を引き起こすことができる。また問題が解決に至る可能性を、原理的に限りなく高めることができる方法論でもある。以下では、未概念法の原理と実践的な手順を示すことにしたい。
未概念法の原理と方法
未概念法の原理および方法として、主に以下の3つの考え方が重要である。
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1.未概念(化)
2.枠組み(化)
3.遷移度/明瞭度の機構
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■1.未概念
未概念とは、つねに過渡的な生成状態にあるものと把握される変容性の概念のことである。未概念は、次の二つの性質を備えている。この言葉には、少なくとも次のような二つの意味が重ね合わせられている。
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①未然性:未だ完成していない概念
②未知性:未知の新しい概念
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第一の性質は、未然性である。未然性とは、未だ概念の変遷や製作のプロセスが終わっていない状態を意味し、また新しい未知の概念の原料や素材となる性質を指す。第二の性質は、未知性である。未知性とは、概念が未だ認識されていない新しい可能性を持つことを意味する。未然性は、未概念が部分的にはK領域に属することを、未知性は、未概念が部分的にはU領域に属することを意味している。この両性質は未概念のなかで同時に成立するため、統合された形で理解される必要がある。未然性と未知性の組み合わせの射程は、時間軸上でいえば、過去・現在・未来のすべての範囲に及ぶ。要するに、未概念とは、過渡的な生成状態にある概念の変容過程全体を包括的に表現するための用語なのである。未概念法では、あらゆる概念を、つねに過渡的な生成状態にある変容性のものと見做す。裏返せば、未概念法では、あらゆる概念を未概念化し、決して(完全には)安定化や固定視せずに思考するのである。
■未概念のイメージ
以下は、未概念についてのイメージを明確にするため事例である。
未概念=文字/記号+◯◯
{α量、β性、γ化、δ系,ε度,ζ法,η的,θ層,ι分類,κ構造,λ順序,μ関係,ν領域,ξ部分,ο過程,π前提,ρ分類,σ条件,τ状況,υ接続,φ配分,χ分割…}

■未概念化(無限に多様な概念の集合➡溶解/析出のボタン・スイッチ)
未概念化とは、概念をつねに過渡的な生成状態にある変容性のものにすることである。未概念化は、この体系全体においていわば起爆ボタン(溶解のスイッチ)になっており、認識領域に分布する無限に多様な概念の集合は、この未概念化という操作によって一挙に溶解してしまう。
■逆遷移:①未概念法では、既知の概念グループを未概念とし、すなわち過渡的な生成状態にある変容性の概念と見做すことにより、各々の概念がもちうる可能性のすべてを引き出す。②未概念法では、無数の枠組みを構築し、枠組みの集合間を次々と遷移していくために、つねに思い込みを疑い、また各パラダイム内に懐疑的な概念を含めて思考を進める。③この意味において、K領域に属する概念グループは、決してK領域の境界内部で安定的に存在するものではなく、むしろ絶えずK領域からU領域への逆遷移(地理学的シフト)を起こすことになる。そして発芽する。
■2.枠組みと枠組み化
思考の枠組みとは、複数の概念同士の結び付きおよび組み合わせによって構築される、抽象性において最も高度な形成物である。この枠組みは、未概念法のプロセスにおいて自然発生的に生成するか、あるいは自覚的に構築する必要がある。
枠組み化とは、複数の概念同士が組み合わさることで、ある程度の静止性や安定性をもつことである。
複数の概念の組み合わせは、もともと未概念からできた新しい概念同士の結び付きによって形成されたものでも、若干の安定性や固定性を持つことになる。
未概念法では、未概念化の考え方によって、新しい概念を連続的に創造する。概念の量が増えると、複数の概念同士の結び付き・組み合わせが生じる。思考上の問題解決のプロセスでは、枠組み(思考モデル、パラダイム)が不可欠である。後述の通り、未概念法では、無限に多様な枠組み(モデル、パラダイム)の集合を通じて思考する。複数の枠組み間を移行するとき、最も大きな認識の変容(パラダイム・シフトを)が起こるからである。
■未概念と思考の枠組み化(思考モデル)
未概念と枠組みの間には、対照性と反転性という二つの関係性がある。これらの関係性は、未概念法における2種類の相互的な思考や概念の運動の方向性を表している。未概念とは、つねに過渡的な生成状態にあるものと把握される変容性の概念であり、枠組みとは、複数の概念の組み合わせによって生じるものであった。対照性とは、一方では概念が未概念化の手順によって溶解し、もう一方では枠組み化によって半結晶化するという正反対の状態や運動のことである。両者について、対照的なものとして、未概念には【変容性、流動性、発散的、断片化、解体的、混沌的…】という属性のグループを、枠組みには【安定性、固定性、収束的、体系化、構築的、秩序的…】という属性のグループを付与することができる。しかし、これらの属性のグループは、未概念と枠組みに、固定的に配分されるものではない。未概念と枠組みは、相互的な反転性をもつのである。未概念は、未知の概念の創造の原料として使用されるが、同時に新しい枠組みの構築へと向かう。そのため、あらゆる瞬間において、安定化・固定化・収束化…という運動が起こる。枠組みは、複数の概念同士の結合によって構築されるが、同時にそのすべての構成要素はつねに未概念化される。そのため、全体またはあらゆる部分に渡って、変容性、流動性、発散性…という運動が起こる。未概念法のプロセスでは、無限に多様な概念の集合が用いられる。無限に多様な概念の集合は、すべてが未概念と見做され、新たな枠組みの構築に寄与し、新しい枠組みの構成要素は、すべて溶解し未概念と化す。未概念法において、無限に多様な概念の集合は、凄まじい速度で対照的かつ相互的な絶えざる運動――生成と消滅、溶解と析出、分裂と統合、解体と形成、破壊と創造――を引き起こすのである。
■遷移度/明瞭度の機構
未概念法でも、遷移度/明瞭度の原理は重要な役割を果たす。未概念法では、未概念を散布することで概念量を増大させ、遷移度/明瞭度の機構を駆動するのである。未概念(化)は、遷移度および明瞭度の機構を駆動する。
枠組み(化)は、遷移度と明瞭度の機構の稼働の効率性を上げ、威力やスピードをさらに高める。
地理学的には、無数の概念は既知/未知の境界を超える橋を架け
光学的には、無数の概念は莫大な光量で、無際限に認識領域を照射し、暗がりを払う。
その帰結として、認識の変容が起こり、問題は解決に至ることになる。

■未概念法の手順
■未概念法の手順
次に、未概念法の大まかな手順、実践的なフローを概説したい。未概念法の各手順は、地理学的かつ光学的に理解される必要がある。未概念法の原理とは、遷移度/明瞭度の機構を駆動することにあるため、以下の手順は、表現は違えど遷移度/明瞭度の機構と重なるものになっている。
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①未概念の散布
②概念の創造
③枠組みの構築
④認識の変容
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①未概念群の散布
第一の手順は、未概念群の散布である。これはU領域(未知の領域)に、未概念を散りばめることを意味する。
U領域は、地理学的に、無限に多様な概念の集合が眠る領域である。しかし、この段階では遷移度が相対的に低く、それゆえに問題の解決には至っていない。つまり、U領域に分布する未知の概念のグループがK領域にシフトしていない状態である。またU領域は、光学的に、明瞭度が低い暗がりの領域でもある。U領域は未知の概念のグループによって照らされる領域であるが、これらの概念はまだ思考主体にとって獲得されていないために、未知の領域のまま据え置かれている。そのため、まず未概念を散布する。
②概念の創造
第二の手順は、概念の創造である。U領域(未知の領域)に散布された未概念群をもとに、新しい概念を創造する。この手順は、地理学的に、U領域に帰属する無限に多様な概念の集合のうち幾ばくかの概念のグループをK領域に遷移させることを意味する。また光学的に、U領域の部分を、新しい概念のグループによって照射する過程である。(莫大な光量で、無際限に認識領域を照射し、暗がりを払う)
③枠組みの構築
第三の手順は、枠組みの構築である。第一の手順と第二の手順により、未概念から新しい概念が創造された。概念量が増加すると、これらの概念は結び付きあるいは組み合わせられる。このような複数の概念同士の接続関係から、新しい枠組みができあがってくる。この手順は、地理学的/光学的に、やはり遷移度/明瞭度が高まる過程といえる。なぜなら、新しい複数の概念が結び付くためには、それを媒介する概念が必要であり、その媒介概念の獲得とは、地理学的にU領域からK領域への遷移を、光学的にU領域の部分領域への照射を意味するからである。
④認識の変容
第四の手順は、認識の変容である。これまでに創造した新しい概念群とこれらから構成された枠組みを糸口/手掛かりにすることで、新しい認識――気付き・学び・発見・洞察など――が得られる。


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上記の①~④の手順を幾度となく繰り返すことで、
原理的には問題解決の可能性を際限なく高めていくことができる。
■未概念法の実践
■思考の方向性
未概念法では、基本的に前節で示した手順1~4で思考を進めていく。ただし、この説明だけでは、複数の枠組み間を自由に遷移する方法は掴み難いと思われる。未概念法は、複数の思考の枠組み間――文脈によって思考モデルやパラダイムと呼ぶ――を遷移(シフト)しながら思考を進め、認識の変容を引き起こしたり、あるいは問題解決を図る方法である。つまり、未概念法では、無限に多様な思考モデルの集合やパラダイムの集合を通じて思考するのである。そのため、一つの枠組み内では解決できない問題、特定のパラダイム内に囚われては目的を果たせない問題に対してこそ、本領を発揮する。
■原理・前提:【U領域】について:解の在りかと性質
ここでU領域とU領域に含まれる要素の性質について、改めて確認しておきたい。この振り返りの目的は、特に問題解決のプロセスにおける「答え」のイメージを明確にすることである。
①U領域:答えの所在(理解)
U領域とは、未知の領域のことであるため、原初的にはすべてを含む領域であったと言える。というのは、このモデルでは、現時点でK領域に含まれる既知のものはすべて、かつてU領域から遷移したものだからだ。あらゆるもの――無限に多様な概念の集合を含む――が、U領域から招来する。ということは、U領域は問題を解決するために必要な要素も、その帰結として得られる新しい認識をも含む領域である、ということが分かる。問題解決において求められるすべてのものが、(図式的には)このU領域のどこかに存在する。この構造から問題解決に関する重要な手立てが得られるだろう。このモデルにおいては、あらゆる問題解決は、このような問題ないしアプローチにに帰着するのである。「【U領域】をいかなる方法や経路で踏破し、その暗がりをどんな方法・どんな観点から照らすか?」そして、この未知なる領域=U領域を自由に踏破し、光によって照らす方法こそが、本章で紹介した未概念法の原理と手順なのである。ところが、U領域に踏み出すのは、やはり多くのケースで決して容易なこととは言えない。それは、K領域/U領域のもつ性質が原因となっている。
②答えの性質(心構え)
U領域にはあらゆる未知の要素が含まれるために、問題の答えはU領域のどこかに必ず眠っている。ところが、U領域が含むものを、狙い通りに発見することは難しい。U領域の目標地点に到達するには、必ずK領域から出発しなければならないが、K領域とは思い込みに囚われた領域だからである。U領域に含まれるものは、基本的に既存の枠組みからは外れるものであるため、現在の視点からはしばしば「それは、ありえないはずだ…」と思うものなのである。だが、U領域の無限の広がりと、それに比した自身のK領域の狭さ、宇宙の壮大なスケールと、自身の小ささを、本当に深く理解していたら、自分の考え方は絶対に正しい、などとは決して思えないだろう。ひとは畏れを感じ謙虚にならざるを得ない。そのため、問題に取組み始めるより前に、これから感じるであろう抵抗や不信の感覚を予期しておく、という心構えが重要になる。
■特定の概念グループと対応領域&解決可能な問題系
未概念法では、このU領域と概念の集合との関係をつねに意識しながら思考を進めていく。未概念法の原理のポイントとは、U領域に未概念群を散布することにより新しい概念を創造し、遷移度/明瞭度の機構を駆動させることにあった。
概念あるいは概念の集合は、光学的な機能をもつ。ということは、特定の概念グループあるいは枠組みは、K領域/U領域上において照明可能な特定の領域をもつことになる。そして、U領域を自由に踏破するためには、U領域を部分領域に分割するイメージをもちながら、新しい概念グループから枠組みの集合を構築していき、新しい枠組みへと次々と遷移していきながら、遷移度/明瞭度を高めていくことが重要になるのである。
以下では、①複数の枠組みの構築(新概念の創造)と②新しい枠組みへの移行(懐疑/創造)についてもう少しだけ付け加えておこう。
■1.複数の枠組みの構築(新概念の創造)
手順1~2で未概念を散布しつつ新しい概念を創造するとき、何よりも重要なポイントになるのが、概念の量と作成スピードである。できる限り多くの概念(※簡単に、言葉・用語・キーワードと捉えてしまってよい)を、できる限り早く創出することで、より効率的に遷移度/明瞭度を高めることができる。
【枠組み1、枠組み2、枠組み3、枠組み4、枠組み5…】
■2.新しい枠組みへの移行(懐疑/創造)
■思考の方向性:枠組み基準:①懐疑/創造
複数枠組み間の遷移を行うには、次の二種類の思考の方向性が重要になる。未概念法において、複数の枠組み間の連続的な変遷のために、これらの思考がどうしても必要になる。
①懐疑:K領域の枠組みの解体
懐疑的な思考とは、地理学的/光学的にK領域をU領域に覆す思考である。懐疑的思考は、K領域に回帰的に関わるが、しかしK領域のみに留まり続ける思考ではない。思い込みを疑うことは、地理的学に既存の地盤を揺るがし既知の要素――認識、概念、観点など――をU領域へ逆遷移することであり、光の逆反射と像の反転なのである。懐疑的思考によって、既知の要素からなる枠組みは解体され、創造的思考との相互的な運動によってある一定の閾値を超えたとき、古い枠組みから新しい枠組みへの移行が起こる。
②創造:U領域の枠組みの構築
創造的な思考とは、地理学的/光学的にU領域をK領域に覆す思考である。創造的思考は、U領域に逸脱的に関わるが、しかしU領域のみに留まり続ける思考ではない。アイディアを生み出すことは、地理学的に新しい土地を調査し、未知の要素――認識、概念、観点など――をK領域に遷移することであり、光の照射により像を浮かび上がらせることなのである。創造的思考によって、未知の要素からなる枠組みが構築され、懐疑的思考との相互的な運動によって、ある一定の閾値を超えたとき、古い枠組みから新しい枠組みへの移行が起こる。
懐疑的/創造的思考➡認識の変容
懐疑/創造的思考は、K領域/U領域の間で絶えざる運動を引き起こすことで、枠組み間の移行に伴う認識の変容を引き起こす。恐らくこの過程では、幾度となく既知/未知の境界線と明/暗の勾配・輪郭線が超えられることによって、諸要素が相互に接続し合う無数の距離と色彩の曲線が引かれ、認識を新しい景色へと導く地図が描かれることになるだろう。
■重要な補足
■設計思想
概念空間論は、自由な思考を実現するための思考様式であるが、しかし、この体系が「自由な思考のためのシステム」として成立するためには、自由な思考のための条件である「自覚性」を、システム内で実現しなければならない。そのために、この体系は、「自覚性を、自己懐疑/批判/監視などをおこなう循環システムとして設計し、概念空間論そのものに組み込むこと」という厳しいが重要な考え方を最も根本的な設計思想に据えている。この体系において「自覚性」は、単なる曖昧な目標、抽象的な思考の哲学、精神的なスローガンなどとしてではなく、構造的に殆ど必然的にそうならざるを得ない、というような循環的なシステムとして実現されなければならないのである。これが概念空間論が思考のシステムとして成立するために自身に課している最も重要な要件である。(ただし、それは最低条件に過ぎず、飽くまでこの体系は社会的・公共的に広く使用してもらうために設計されたものであるから、これは裏の話であって、第一優先で語るべきことではないのだが)。かなり冗長ではあるが、以下の補足の多くは、その「自覚性」が実際にどのように設計されているかを示すものになっている。
上記の要件は、具体的には、この体系を構成する、参照平面、認識表現モデル、未概念法などの各システムに「概念空間論」そのものを思考対象として代入できる、という形で実現されている。
ここでは参照平面を例として取り上げ、どのような方法でそれを保証するかを示したい。この体系では、「概念空間論」そのものに、つねに「暗黙的な視点の集合から構成された参照平面」や「懐疑的参照平面」が循環的に差し向けられている。本書では「自由な思考」「思い込みを疑うこと」「遷移度/明瞭度」「概念の集合」などを主題や重要な要素として扱っているが、しかし「扱えなかったこと」「捨象したこと」「敢えて語っていないこと」「モデル化していない要素」はそれよりも遥かに多くある。そして、概念空間論は自覚性を保つために、それらの存在や重要性を分かっていながら、自己循環のシステムに(暗黙的な形で)しっかり含めなければならない。そのために、参照平面の機能を使い、概念の集合=観点の集合を、既知のグループ/未知のグループに分類したうえで、「扱っていないこと」「捨象したこと」「敢えて語っていないこと」「モデル化していない要素」などを「概念空間論にとっての非明示的なU領域」に含まれるものとして考え、この「未知の観点の集合」によって潜在的な形式で照射し、零れ落ちないようにしているのである。
このように、概念空間論は、あらゆる方法で、自覚性をシステム的に設計し組み込むことで初めて「自由な思考のための体系」として自己規定できるようになっている。
■第1章
1.概念空間は、概念中心主義ではないこと
概念空間論は、概念そのものを絶対化する「概念主義」でも、「概念偏重」の思想でもない。これは「概念の集合=概念空間」についての体系であるから、概念を「思考の構造を扱うための中心的なメタ・モチーフ」に据えているが、概念をそれ以上に祭り上げるわけでも、ほかの認識の諸要素を軽視しているわけでもない。また認識は単純な要素の集合に還元できるという思想でもないし、モナドを、概念を中心とした単純なモデルで解釈しようという主張でもない。例えば、認識にかかわるほかの諸要素として、直観、知覚、表象、記憶、身体感覚、身体そのもの、運動機能などより生体的・経験的なものが挙げられるだろう。また思考様式として、システム1&2、反射、判断、推論、ヒューリスティックなどもある。認識の形成を説明する方法としては、哲学的には、例えば、鏡像的な自己像や、他者の存在などを媒介する方法もあるだろう。
本書で目指したのは、概念を、ほかの様々な要素や説明の可能性と並列に位置付けられる、ひとつの操作的要素として扱い、モデル化することで、認識領域の構造を解きほぐすための「とり扱いやすさ」を提供することである。概念は、その抽象性と言語的扱いやすさゆえに、認識表現モデル上の「代表性要素」として選び出されたに過ぎず、概念が認識の絶対的本質であると宣言しているのではない。
このように強調するのは、この体系を自由な思考のための枠組みとして位置付けているからである。【定義Ⅰ】に示したように、自由な思考の条件はとは自覚性であるから、かりに概念空間論が「概念こそが思考・認識・問題解決の唯一の、絶対的な主要な要素である」などと主張しているとしたら、これこそこの体系の設計目的や背景の哲学に反することなのである。
2.自由な思考、思い込みを疑うこと、認識の変容、
【定義Ⅰ~Ⅱ】について、自由な思考を、自覚的に認識の変容を引き起こすものと表現しているが、概念空間論において「思考の自由さ」や「思い込みを疑うこと」は、到達すべき完成状態としての徳目ではなく、思考をよりよく導くための一つの極や目標として設定された指針である。ここで提示される自由さとは、「いつか完全に達成されなければならない義務」ではなく、「思考の運動をどの方向へと傾けていくのか」を示すコンパスに近い。むしろ重要なのは、自由さそのものの完全な実現ではなく、思考が「できる限り、望ましい限りで」自由さを志向することに過ぎず、その過程のなかで、思い込みが徐々に輪郭を現し、疑われ、組み替えられていけばよいという動的な変遷である。
この意味で、概念空間論は「自由であれ」と命じる体系ではない。むしろ、「自由に向かう思考の運動」をシステム内部に設計された装置である。参照平面や認識表現モデル、K領域/U領域、遷移度/明瞭度、未概念法といった諸要素は、それ自体が「思い込みを疑うように思考を誘導する」仕掛けとして組み込まれている。これらをいったん導入してしまうと、読者は、概念の配置や光の当たり方、既知と未知の境界線、問題の発生原理と解決原理を意識せざるを得なくなる。言い換えれば、概念空間論を用いるということ自体が、自分の思考がどのような地図に従い、どのような光源に支配されているのかを問い直す運動に巻き込まれる、ということでもある。
このとき、「思い込みを疑う」とは、誰もが到達すべき倫理的義務ではなく、認識領域の構造そのものが内側から求めてくる要請として現れる。K領域は、つねに「既知であると信じられている領域」に過ぎず、その裏面には必ずU領域の暗がりが重なっている、というモデルを一度受け入れてしまえば、「今、自分が『知っている』と思っていることは、果たしてどのような地理と光の配置によって支えられているのか」という問いが、思考の背景に居座り続けることになる。ここでの懐疑は、人格的な慎み深さや美徳としての懐疑ではなく、「K領域の裏側には必ずU領域がある」という構造から自然に導かれる、地理学的かつ光学的な必然として現れる。
したがって、概念空間論は、「完全に自由な思考」を要請する体系ではなく、「完全には自由になり得ない有限なモナド的観点」が、それでもなお、自らの思考を少しずつ自由な方向へとシフトさせていくための道具立てである。遷移度/明瞭度のモデルは、認識がどの程度「動かされうるか」、どの程度「照らし直されうるか」という可能性の幅を示すが、そのメータが最大値に達することは想定されていない。むしろ、重要なのは、指標が静止したゼロの位置に貼り付いたままにならないこと、すなわち、K領域の構成や照度が「何ひとつ揺るがない」という事態こそが、もっとも危険な認識状態だと理解されることである。
未概念法においても、「すべてを未概念化せよ」という過激な要求がなされているわけではない。未概念とは、概念をつねに過渡的な生成状態にあるものとして扱い、その変容可能性を意図的に維持するための操作概念である。ここでも、完全な溶解は目的ではない。むしろ、枠組み化による一定の安定性と、未概念化による絶えざる流動性を、地理学的/光学的に往還させることによって、思考がひとつの枠組みに封じ込められないようにする。その往還運動のなかで、「自分はこの枠組みからものを見ている」という自覚が生まれ、その枠組みに対して懐疑の光を当てざるを得なくなる。
このように、概念空間論における「自由さ」や「思い込みを疑うこと」は、達成されるべきゴールではなく、「装置を稼働させるかぎり、思考が自然にその方向へと流れ込んでいくような場の設計」として組み込まれている。読者は、この体系を用いることで、自分の思考がどこに立ち、どの方向に開かれ、どの暗がりを残しているのかを、地図と光のメタファーを通じて見せつけられる。そのとき、「より自由に考えること」や「思い込みを疑うこと」は、外部から与えられた規範ではなく、自分自身の認識領域の構造から湧き上がる要請として姿を現す。概念空間論は、その要請に耳を傾けざるを得ないようにするための、静かながら強固な装置として設計されているのである。
3.認識の変容について
認識の変容についても、同様である。認識の変容は、決して至上の価値として掲げられているわけでも、絶対的に体験すべきこととして定義されている訳でもない。思考の過程や問題解決のプロセスにおいて、新しい認識が生じることは、自然に伴う出来事であり、その出来事を「極」として際立たせているだけにすぎないのである。かりに、「認識の変容」を絶対視してしまうなら、「認識の変化」とは主観的な体験なのだから、結局のところ、それは私的な内的体験を普遍的に他者に強いる危険性を孕むものになってしまうし、思考モデルは、少数の人々のみが共有する秘教性を肯定するためのものになってしまう。当然ながら、概念空間論はこうした立場はとっていない。ただ、思考を深めることによる過程のなかで、あるいはその帰結として得られる喜びの一種として、登山への誘いのように、認識の変容を思考の目標の一つとして、提案しているだけなのである。
第3章(認識表現モデル)
1.この構造は、ある意味で「概念を代用するツールの集合」のような性格を持っている。認識表現モデルは、その原型において、概念の集合を主軸に組み上げられているが、その要素を、その構造の形式を殆ど変えずに、そのまま「直観」「知覚」「記憶」「身体感覚」へと置き換えることができる。概念空間論は「概念主義」ではなく、「概念を利用しやすい代表的要素として採用したメタ・ツール」であり、その構造は、ほかの認識の側面をそのまま入れ替えて再設計することも、想定の範囲内にあるのである。
2.認識表現モデルは、時間軸の導入が可能であり、➡動的モデルとして、認識の変遷を記述できる
3.明瞭度、光を至上の価値とするものではない。
あとがき
本書の執筆は、当初は含める予定であった内容を幾つも手放すことでようやく終えることができた。幾つか例を挙げたい。まず「概念とはなにか」という問題がある。本書の主題は、概念の集合であるため、第1章の第2節にてこの点に触れたかったが、断念しなければならなかった。理由は二つある。第一に、この議論(定義論など)は難解かつ記述が冗長になり、しかも自由な思考を実践することには直結しないことである。本書では、実践的な書として活用できることを優先し割愛した。第二に、本書の執筆の過程で、概念の起源に曲線が関わっていることに思い当たったことである。この説明にはテキスタイルという新しい概念が必要で、これは恐らく著者のもう一つの体系――転覆地図論の中心概念になると思われるが、これは概念空間論の概念ではないために、省かざるを得なかった。ほかにも削除した項目はいくつもある。光のモチーフについて、光の暴力性について。明瞭度のより詳しい意味規定についてなど…。本書の欠点は幾つも目に付くが、すべては著者の怠惰さと力不足によるものである。
書物のイデアは、<書くこと>によって至ることができる沈黙のなかにある。歴史の中で、このイデアは精神の響き、断片、倫理を回収しながら未来に向かって永遠に後退していく。この媒体は、最期のときまで精神に残されたものを引き取り、名を与え、静かに包摂してくれるがゆえに、書物はこの世に生を受ける訳だ。書くことは迂遠な砕かれた行為であり、書物は紐解かれなければ伝達しえないという固有の悲しみを纏っている。この悲しみのゆえに、書物は厚みをもつことになる。それゆえに書物はまた、絵画や音楽のような形式とは異なり、弁明と切り離すことができないのだろう。本書は悲しみとは無縁ではあるが、それでもやはり書物の形式からも運命からも逃れられる訳ではない。そのため、いずれ可能であれば加筆・改訂することを心に決め、これを弁明として筆を置くことにしたい。
本書の体系は、汎用的な思考の枠組みとして、できる限り公共的に役立てられることを目指したものである。しかし、これは筆者の個人的な目標に過ぎないもので、本書はやはり極めて私的な性格の色濃い書物だと思う。この体系は、もともと何ものにも囚われない自由な思考の枠組みとして構想された。もし本書が思考の手引きとして読まれ、読者にとって永い使用に耐えるものになるとしたら望外の喜びである。
はじめに:
第1章:
―第1節:
―第2節:
―第3節:モナドは、固有の観点から宇宙を眺める鏡である。――――G.W.ライプニッツ
第2章:
第3章:
―第1節:(K領域/U領域)
―第2節:(遷移度/明瞭度)
―第3節:(思い込み)一生に一度は、すべてのことを疑うべきである――ルネ・デカルト『哲学原理』
―第3節:(パラダイム)原子を砕くより、偏見を破壊することの方が困難である――アルバート・アインシュタイン
第4章:
あとがき:書くことは祈りの形式である――フランツ・カフカ
世界は一冊の書物へと至りつく――ステファヌ・マラルメ



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