第3章 認識表現モデル
認識表現モデルの基本要素と二重モチーフ
本章では、本書の体系全体において、中心部として位置付けられる認識表現モデルについて概観する。認識表現モデルとは、認識の静的な状態および動的な認識の変容プロセスを把握/表現するための図式である。見通しをよくするために、このモデルの設計方法を簡単にまとめておこう。
1.構成要素
認識表現モデルは、次の三つの概念から構成されている。
①K領域/U領域(認識領域R)、②遷移度/明瞭度、③概念関係式
また極めて重要でありながら、直接的には現れない隠れた因子として④思い込みがある。認識表現モデルは、これらの部分から組み立てられることで、認識の状態および変遷のプロセスを明快に記述できるものとなっている。
※ただし、本書では③の概念関係式の紹介は割愛する。
2.地理学的/光学的モチーフ
概念空間論の枠組みは、全体を通して、地理学的/光学的モチーフによって設計されている。この二重モチーフは、第1章で述べた、モナド的観点とその認識様式に認められる地理学的/光学的な構造や性質に由来するものである。そして、この後に扱う遷移度/明瞭度は、このモチーフを体系内に直接的に組み込む概念となっている。
認識領域RあるいはK領域/U領域
認識領域とは
認識領域とは、モナド的な観点にとっての認識におけるあらゆる出来事が生起する場のことである。また、それを平面に投影することで空間的な範囲によって把握/表現する概念である。認識領域は、K領域とU領域に区分される。K領域とは、既知の領域(Known area) を意味する。U領域とは、未知の領域(Unknown area) を意味する。このK領域とU領域を合わせると、認識領域全体になる。そのため、これらの領域の範囲の関係性は、認識領域R=K領域+U領域と表現できる。なおU領域は広大無辺であり、その大きさや範囲はK領域とは比較にならないほどである。このことを深く認識することは、思い込みを疑うことを始めるために、極めて重要な点であるといえる。
この認識領域およびその区分は、図式的なモデルである。そのため、最も重要なのは「何のために、どのようにモデルを設計するか?」というモデルの目的と設計方法である。以下では、より細かな要素を考えモデルを組み立てるが、「認識」というテーマについて、何が絶対的に正しいかを問題にしている訳ではない、という点に注意してほしい。
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・認識領域R、K領域/U領域の構成要素と設定
認識領域(K領域/U領域)には、認識に関係する様々な要素が含まれている。こうした要素の例として、個別的な認識、知覚、概念、言葉、知識、記憶、信念、考え方などが考えられる。
K領域とは、既存の認識――知覚、概念、言葉、知識、記憶、信念、考え方など――が含まれる領域である。
U領域とは、未知の認識――知覚、概念、言葉、知識、記憶、信念、考え方など――が含まれる領域である。
※後に見るように、これらの諸要素は、認識領域(=K領域/U領域)上の適切な場所に配分され、分布状態を考えられることになる。
認識表現モデルにおいても、目的に応じて自由に調整できる設定項目がある。
第一に、時間軸の導入ができる。これは遷移度/明瞭度の考え方を紹介してから取り上げることにしたい。
第二に、認識領域を抽象的なモデルとして扱うか、認識領域の設定条件を決め具体的なケースを扱うか、である。
認識領域は、2つの解釈のパターンが考えられる。第一のパターンは、認識領域を純粋なモデルとして解釈するものである。第二のパターンは、認識領域について認識の水準や主体や種類を決め、具体的なものとして解釈したものである。後者のパターンでは、認識の水準や主体として、社会/集団/個人/一般/学問などを自由に設定する。また同様に、必要に応じて認識の要素(種類)も選択することができる。認識領域には、知覚/概念/言葉/知識/記憶/信念/考え方などが含まれるから、目的に応じて大まかにどれに着目するかを決めるのである。
ここでは個人レベルの認識領域について考えてみよう。個人という水準における認識領域R=K領域/U領域の状態は、かりにA氏、B氏、C氏、D氏、E氏…という人々がいたとき、各々の認識主体にとって完全に固有のものである。認識主体が切り替われば、当然ながら、何が既知/未知であるかも変わり、認識領域の状態は全く異なるものになる。
こうした考え方によって、認識の状態及び変容のプロセスを明快に記述することができるようになる。
・K領域/U領域の注意点
●ポイント0.語義的/用語法的な問題
「既知/未知」という用語法には少し注意が必要である。K領域/U領域という区分はある程度大まかなもので、その線引きはファジーなものである。こうした区分は、ある程度アバウトなものであるからこそ、実践的に使いやすいという利点がある。そのため、「厳密ではないからこの区分には意味がない」と考えてしまうとしたら、それは誤りである。ただし、「既知/未知」の区分をより詳細に考えたいときは、目的や状況に合わせ自由に定義をおこなう。こうしたケースでは、より詳細な定義によって初めて明確な線引きがなされることになる。また既知/未知の区分を厳密に考えることが難しいのは、こうした認識につねに「信念」が絡んでくることも関係している。
●ポイント2.K領域と信念&●ポイント2.K領域/U領域の表裏性
K領域(既知の領域)とは、つねに特定の認識水準や主体にとって「既知である」と信じられていることの領域であるに過ぎない。K領域というエリア全体も、この領域を構成するすべての認識も、客観的な正しさが保証されている訳では全くない。K領域には必ず、何らかの思い込み、信念、バイアスなどが含まれ、決してなくなることはない。「K領域の裏側には、必ずU領域が隠れている」という理解も重要である。K領域は「既知である」と信じられているだけで、その裏側には「未だ認識されていないもの」が隠れている。そのため、K領域に対して、思い込みを疑う思考が重要になる。
事例/使用法
K領域/U領域という区分を用いると、認識を構成する様々な要素を配分し整理することができる。ここでは事例1として知覚情報を、事例2として抽象的な認識について考えてみよう。
事例1.知覚情報
単純化するため、ここでは視覚情報だけを考える。目の前に美しい自然の景色が広がっているとしよう。自分の観点から見える、眼前の景色は視覚的なK領域で、それ以外の自分の位置から見えない部分はすべて、視覚的なU領域に属する。静物画に描かれた物体のように、目の前に林檎が置かれているとしよう。林檎の前面は、自分の観点からはっきりと見えるので視覚的なK領域に、後面は見えないのでU領域に入る。書物を繙くとき、開かれているページは視覚的なK領域にあり、閉じられたページはU領域にある。ページを捲るたび、この配分は移り変わっていく。認識領域あるいはK領域/U領域の状態は、このように持続的な時間の流れの中で、流動的に変遷していく。
事例2.知識・情報①
ミステリ小説を読むとき、認識主体にとっての知識・情報がどのように整理できるかを考えてみよう。まだ小説を読み始めたばかりの頃は、まだ情報が殆ど出揃っていない。そのため、例えば「犯人は誰であるか」という認識は「U領域」にある。作品を読み進めていくと、徐々に「事件は密室で起きた」「凶器はナイフだった」「共犯者がいた」などの情報が明かされ、各情報はK領域に含まれるようになり、本を読み終える頃には「犯人はⅩである」という認識は「K領域」に含まれることになる。
事例3.知識・情報②
語学学習の事例も、このモデルに当てはめることができる。ある言語をまったく知らない状態では、その文法・語彙・表現の多くはU領域に属している。文の構成や語順の意味、微妙なニュアンスなど、ほとんどが理解できない。しかし、学びを進めるにつれて、基本的な語彙や文法パターンがK領域に移行し、少しずつ文の意味が見え始める。中級以降になると、難解な表現や文化的な背景が、まだU領域に残っている部分として存在する。このように、語学学習は、U領域の情報を徐々にK領域に移行させ、その部分の明瞭度を高めながら進むプロセスといえる。
遷移度/明瞭度について
本節では、遷移度/明瞭度という概念について述べる。この対概念は、前節で解説したK領域/U領域と組み合わせて用いることで、認識の状態および変容プロセスを把握/表現するうえで役立つだろう。本題に入る前に、指摘しておきたい点が二つある。
この対概念については、大きく二つの解釈の方向性やパターンが考えられる。第一の解釈パターンは、準量的な側面に着目する方法であり、第二の解釈パターンは、量に還元できない全体性を重視する方法である。以下では、まず第一の解釈のパターンにおける遷移度と明瞭度の概要をそれぞれ分けて記述する。次に、第二の解釈パターンにおける捉え方をまとめて述べたい。
また前節で述べたように、認識表現モデルにおいて、認識に関与したり認識を構成すると考えられる要素は色々あるが、以下では概念の集合に話を限定する。ほかの要素の扱い方については、認識表現モデルにおける概念の集合についての考え方を置き換えればよい。そのため、ここでは遷移度/明瞭度を、主として概念の集合を用いて定義することにする。
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そして本節の最後には、遷移度/明瞭度の原理について論じ、問題解決との深い関係を示す。
遷移度の概要と定義(①量的パターン:量的な概念として考える場合)
遷移度とは、認識領域における概念の集合の分布や配分およびその変遷を把握/表現するための概念である。
この概念を量的に解釈する場合は、まず二つの極を想定し、そのうえで中間段階をグラデーションとして考えるとよいだろう。遷移度の二つの極を、無遷移と全遷移と呼ぶ。
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■無遷移/全遷移、中間段階
無遷移とは、無限あるいは有限の概念の集合が、すべてU領域(未知の領域)に属しており、K領域(既知の領域)には、いかなる概念も属していない状態である。つまり、U領域(未知の領域)からK領域(既知の領域)へ、概念の集合がまったく移行していない状態である。この無遷移のK領域は、白紙状態(タブラ・ラサ)と呼べるだろう。これに対して、全遷移とは、無限あるいは有限の概念の集合が、すべてK領域(既知の領域)に移行しており、U領域(未知の領域)には、いかなる概念も属していない状態である。
このモデルにおいては、あらゆる概念というのは、U領域から招来するものである。
この無遷移/全遷移という極は、基本的には仮定的あるいは理想的な状態としてある。特に無限に多様な概念の集合の場合、それがすべてK領域に遷移することは起こり得ないからである。無遷移の状態は、後述の事例のケースのように、問題解決や学習プロセスの初期段階として考えると、特に有用である。現実がどうあれ、これらの極を認識のモデルの一部として想定することには大きな意義がある。
この無遷移と全遷移の両極の間に、グラデーションとして中間段階がある。何らかの基準と照らして、相対的に低遷移~高遷移の状態がある、と考えてもよいだろう。
第1章で確認したように、問題解決のプロセスには、概念の集合が深く関係している。そのため、無限または有限の概念の集合が、認識領域にどのように分布しているかは極めて重要である。遷移度とは、この分布を把握/表現する指標といえる。問題解決のプロセスにおいて、無遷移の状態とは、問題解決に必要な概念の集合がまったく獲得されておらず、反対に、全遷移の状態とは、問題解決に必要な概念の集合がすべて獲得されている。後者の状態では、手札が揃っているが、前者の状態では切れるカードがない。
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明瞭度の概要
明瞭度とは、認識領域(K領域/U領域)の状態および変遷を、光量・照度・明暗といった光のイメージによって直感的に把握/表現するための概念である。第1章では、概念の光学的機能について紹介した。概念とは光学レンズのようなもので、新しい概念を獲得すると、その過程で認識領域の特定の部分が照射される。明瞭度の変化は、この変化を捉える概念である。
明瞭度は、簡単に言えば、物事についての認識の深まりや理解の深さ、認識の変容の程度を表すものといえる。この概念では、認識を明るい‐暗いというグラデーションによって捉えるが、明瞭度が高まる過程は、明暗が共存しながら、また微妙に揺れ動きながら次の状態へ移っていくもので、直線的に進んでいくものと想定されている訳ではないことに注意してほしい。また明瞭度が高い状態は、暗がりがまったく存在しない、ということを意味する訳でもない。この点については第1章の問題論を参照していただきたい。
■明瞭度のイメージ
油絵の制作過程は、支持体の準備、下描き、下塗り、彩色、仕上げといった幾つかの段階を経て進行する。まず支持体上に地塗りが施され、未分化の均一な平面が形成される。次に木炭や薄い油彩による下描きで、遠近法(パースペクティヴ)に基づく観点が画面に投影され、モチーフの輪郭線、比率、全体の配置関係が定められる。下塗りによって光と影、色面の大きな構造が構築され、彩色の層が重ねられることで質感・色調が生まれ、像が鮮明化する。仕上げに微妙な反射光や影の調整、ニス塗布が行われ、モチーフが立体的に統合される。認識の深まりを表す明瞭度の変化は、こうした絵画の多層的な制作過程に極めて近いものである。
■認識の要素➡認識領域の影響
明瞭度という尺度は、主として、概念の集合の影響により認識領域がどのように変容したかを表現するために用いる。ただ、もちろん概念のほかにも、認識にかかわり影響を及ぼす重要な要素は多くある。前節において、認識に関係する要素として、個別的な認識、知覚、言葉、知識、記憶、信念、考え方などを挙げたが、こうしたものによる明瞭度の変化を考えることもできるだろう。
■明瞭度➡認識の要素
明瞭度は、認識領域の状態の変化を表現する概念だが、この認識領域には様々な要素が含まれる。そのため、これらの個別の要素に関して認識が深まることも、明瞭度の変化と呼んでよいだろう。例えば、本書で扱う無限に多様な概念の集合について考えるとき、そのすべての概念について個別的に明瞭度が考えられるのである。
遷移度/明瞭度の事例
ここで遷移度/明瞭度の事例を幾つか確認しておこう。もちろん、こうした事例は「この理解や解釈の方法が正しい」という意味ではなく、このモデルを用いる場合こういう表現や解釈が可能になる、というものに過ぎない。
■1.プラトン『メノン』
プラトンの初期の対話篇『メノン』では、ソクラテスの対話相手メノンの召使が、幾何学の手ほどきを受ける場面がある。召使は、ソクラテスの導きによって、地面に描かれた図形を参照しつつ、図形について新しい認識を獲得する。召使の認識領域では、この新しい認識がU領域からK領域へと遷移し、U領域の特定の部分の明瞭度が高まったという解釈ができる。
■2.読書
哲学の古典的な書物を読むプロセスについて、遷移度/明瞭度を通じて記述してみよう。まず初期の段階では、読者にとって、その哲学者の概念群はほぼ全部がU領域に属している。先に読み進めようとしても、問題意識、暗黙の前提、特殊な用語法、議論の構造、世界観の独特さ、などが呑み込めずに理解を阻まれることも多い。哲学書の読解は、遷移度/明瞭度が直線的に高まっていく過程ではなく、むしろその間にしばしば混乱、疑念、驚き、笑いなどが起こり、揺り戻しも含む不均一なプロセスだといえる。忍耐強く読解を繰り返していると、U領域に含まれていた概念や命題、論理構造が徐々にK領域へと移行し、認識領域が部分的に照明される、ということが起こる。K領域/U領域の構造が、部分的に徐々に再編成される訳だ。このようにして、あるとき、突如としてこれまで見たことのない光景が広がる、認識の変容を体験できることがあるだろう。
■学問
新しい学問を学ぶとき、遷移度/明瞭度はどのように変遷するだろうか。量子力学について考えてみよう。量子力学には、【量子、波動関数、重ね合わせ、確率解釈、不確定性原理、量子もつれ(エンタグルメント)…】など様々な概念がある。これらの概念あるいは概念グループは、認識領域に局所的に分布しており、各々あるいは全体として特定の領域を光によって照らし明瞭度を高める効果を持つ。量子力学の知識をまったく持たない初学者にとって、量子力学的な概念のグループは、もともと完全にU領域に属していることになる。だが、量子力学の講義を受けたり、書物を読みながらその概念を学んでいくと、もともとU領域に属していた概念の集合が、徐々にK領域に遷移することになる。学習が進むにつれ、やがて量子力学的な世界の見方が獲得され、認識領域の特定の部分の明瞭度は、少しずつ高められていくことになるのである。こうしてどのような偉大な理論も、U領域から招来するものなのである。
■ヒルベルト・プログラム
1900年、数学学会が開かれ、ドイツの数学者ヒルベルトは23の未解決問題を提示した。このとき、これらの問題を解決するための考え方(解法)は、数学会にとってU領域に属していた。その後、多くの問題が解決され、解を導くための考え方はK領域に含まれるようになった。このように「考え方」自体を配分することもできる。
(臨床・哲学・神話・文学・科学)以下の事例は、認識表現モデルという特定の図式を用いた際の配置や整理の一例を示すにすぎない。多様な題材に対する適用の仕方を示すために挙げているものであり、各題材を単純化・矮小化する意図はなく、特定の解釈を提示するものでもない。あくまで認識の構造に焦点を当てる示唆に留まるものである。
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■1.楽園追放の物語(古代イスラエル)🌿
旧約聖書『創世記』第2章から第3章では、エデンの園に置かれた最初の人間アダムとイブが、「善悪の知識の木」の実を食べる場面が描かれる。蛇の誘惑によって果実を口にした後、彼らは自らが裸であることを認識し、いちじくの葉で身体を覆う。アダムとイブの認識領域において、新しい観念がU領域からK領域に遷移したことになる。その後、神(ヤハウェ)は彼らを園から追放し、労働と出産の苦しみが課されることになる。
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■2.周期表の成立と元素予測(19世紀ヨーロッパ)🔬
1869年、ロシアの化学者 ドミトリ・メンデレーエフ は、サンクトペテルブルクの自宅で『化学の原理(Principles of Chemistry)』の執筆中に、60種の元素を原子量順にカードで並べ、性質の周期性に気づいた。周期表を作成すると、まだ発見されていない元素のために空欄を残し、「エカアルミニウム(後のガリウム)」などの仮称を付してその性質を予測した。その後、ガリウム、スカンジウム、ゲルマニウムなどの元素が発見され、これらの元素はメンデレーエフの予測と近い性質を示した。
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■3.永遠回帰の着想(19世紀ヨーロッパ)♾️
1881年夏、プロイセン王国の哲学者フリードリヒ・ニーチェは、スイスのシルス・マリア滞在中に、時間が無限に繰り返される永遠回帰の着想を得る。「この人生が永遠に繰り返すとしたら」この内容は、1882年に出版された『悦ばしき知識(Die fröhliche Wissenschaft)』第341節において「最も重い思想」として提示される。従来のキリスト教的価値観やニヒリズムを批判する中で、さらに1883年から1885年にかけて執筆された『ツァラトゥストラはこう語った(Also sprach Zarathustra)』では、この思想が中心的主題の一つとして展開される。人生の苦痛と喜びをすべて肯定する哲学を打ち立てた。
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■4.精神分析の成立(19世紀末ウィーン)🧠
精神分析学の創始者ジークムント・フロイトは、1895年、ブロイアーとの共著『ヒステリー研究』を出版し、患者の症状が抑圧された記憶と関連する可能性を報告する。1900年には主著『夢判断』を出版し、夢を無意識的欲望の表現とする理論を提示した。無意識の概念を精神医学の基盤として確立されていく。その後、1901年『日常生活の精神病理学』、1905年『性理論三篇』などを刊行し、精神分析という理論体系が形成されていく。1910年には国際精神分析協会が設立され、ヨーロッパ各地やアメリカに広がった。これにより、理性の表面下に潜む衝動が体系的に扱われるようになった。
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■5.『ゴドーを待ちながら』の上演(20世紀フランス)🎭
1953年、パリでサミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』は初演された。この戯曲では、舞台は木が一本あるだけの場所で、ウラジーミルとエストラゴンの二人、荒野で二人は「ゴドー」という人物を待ち続ける。途中でポッツォとラッキーが登場する。くだらない会話や自転車小屋の男との出会いが繰り返されるが、何事も進まず、希望の不在が永遠に続く虚無を描いた。存在の不条理を象徴した
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認識表現モデルの設定項目
ここでは認識表現モデルに関する設定項目を示し、次に具体的な応用事例を幾つか挙げたい。設定項目は、このモデルを実践的に使用したり、特定の分野における考察・議論に応用する場合に参照していただきたい。ただし、第2章の参照平面というツールで類似する使用法がある場合は、自由に選択していただきたい。
0.認識表現モデルの組み立て
まず最初に、認識表現モデルの構成要素のなかで、どれを含めるかを自由に決定する。認識表現モデルは、次の四つの概念からできている。
0.認識表現モデルの構成要素の選択
①K領域/U領域、②遷移度/明瞭度、③概念関係式、④思い込み(あるいは信念)
このなかで①K領域/U領域は単独で用いることができ、非常に便利である。また①と②は併用することができ、これも多様な応用テーマが考えられる。①と②に加え④の要素も一緒に使えるが、不要であれば使う必要はない。(※なお、③は本書では扱えていない)
1.時間軸の導入(動的モデル化)
認識表現モデルには、時間軸を設定・導入することができる。このモデルは、時間経過のなかでの認識の状態の変遷プロセスを記述・表現するための動的なモデルとして考えられている。もちろん時間軸の幅(時間、年代、時代区分など…)は自由に設定することができる。また時計の針を凍らせて、認識領域のある瞬間を切り取る静的モデルとして使うこともできる。
2.抽象的/具体的な使用・解釈パターン
認識表現モデルは、大きく二つの解釈パターンがある。第一のパターンは、抽象的なモデルとして解釈する方法である。第二のパターンは、認識に関してより詳細な設定をし、具体的なケースを扱う方法である。先ほど少し触れたが、認識の水準や主体として、社会/集団/個人/一般/学問などを自由に設定できるのである。また同様に、必要に応じて認識の要素(種類)も選択することができる。
3.個数
認識表現モデルを視覚的に表示するとき、個数には特に制限がなく幾つでもよい。
以上の4つの項目を、目的や状況に合わせて調整できれば、非常に幅広いテーマへの応用が可能になるだろう。ここでは幾つか簡易的な事例を示そう。
事例1.概念空間の時代的な変遷
設定項目0で①K領域/U領域と②遷移度(明瞭度は不使用)を選択し、さらに設定項目1で時間軸を導入し、設定項目2で人類/学問の水準を、設定項目3で認識領域を5個使うと決めたとしよう。5個の認識領域(K領域/U領域)を並べたうえで、【古代/中世/近世/近代/現代】といった時代区分を対応付け、例えば、哲学史の歴史上の諸概念を表示すると、大まかなものに過ぎないが、時間経過の中で概念空間がどう変遷するかを表現できるだろう。
事例2.認識領域の比較
複数の認識領域を並べて、比較することを考えてみよう。
事例3.自己と他者
ここでは認識表現モデル(K領域/U領域)を視覚的に表示するメリットの一つは、U領域(未知の領域)が存在することを明示できることにある。例えば、設定項目0で①K領域/U領域と④思い込みを使用することにし、設定項目2で認識主体として「自分」と「相手(他者)」を選択し、設定項目3で認識領域を2個用意すると決めたとしよう。この場合、一人称(自分)と二人称または三人称(相手、他者)のK領域/U領域が並んで表示されることになる。すると「相手、他者」には自分の視点からみてK領域/U領域があり、自分にはまったく知らないことや理解できていないことを含む領域が存在することに気付くだろう。反対に「相手、他者」にとっての「自分」にも同じことがいえる。さらに、次のような問いを自然と立てられるだろう。「自分は相手・他者に対してどんな思い込みを持っているだろうか?」「他者に対する理解や評価は本当に正しいものなのだろうか?」「U領域に含まれる相手のニーズや本当に求めていることは何だろうか?」「他者のU領域について理解する望ましい方法は何であるのか、理解と暴力性はどのような関係があるのか?」など…。これは本書で扱える範囲から大きく外れるのでここで話を終えなければならないが、このような問題について考える際のきっかけとして、このような使用方法が考えられるかもしれない。
遷移化/明瞭化について
遷移化/明瞭化とは、モナド的観点の認識領域において生じる固有の出来事としての認識の変容を、その体験的な全体性として把握するための概念である。認識の変化とは、モナド的な観点としての個人にとって固有の意識や感覚を伴う体験である。認識領域における出来事としての認識の変容は、モナド的観点にとって、その都度の一回性の体験であり、もしそれを抽象化したり部分を捨象しようとすれば、この体験は損なわれてしまう。アルキメデスのエウレカの瞬間は、このような意味で、まさに遷移化/明瞭化の出来事であるといえるだろう。
第1章において示された思考の自由さの定義とは、次のようなものであった。
思考の自由さとは、①認識領域における②遷移度/明瞭度の変化を通じて、⓪自覚的に新しい③認識の変容を引き起こしうる思考の状態および能力のことである。
概念空間論は、思い込みに囚われずに思考するための体系であるが、そのすべては、ある意味で遷移化/明瞭化という出来事に懸けられているといっても過言ではない。遷移化/明瞭化としての認識の深まりこそ、自由に思考することの報酬なのである。
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遷移度/明瞭度の機構(システム)
・遷移度と明瞭度の概念的な機構(システム)
遷移度/明瞭度の機構は、三つの要素から構成される。その要素とは、概念量、遷移度/明瞭度、認識の変容または問題解決(度)である。以下の図は、これらの要素の関係性を、平行に引かれた三本の線分によって表象したものである。第一の線分は、概念量の線分である。第二の線分は、遷移度/明瞭度の線分である。第三の線分は、認識の変容の線分である。これらの線分上を、各動点が認識の状態に応じて動いていくとイメージしてほしい。すると、結論から言えば、これらの線分は緩やかな対応関係にある。
この三つの要素は、完全に区別される出来事ではない。
ある認識主体が、新しい概念を獲得していくと、何が起きるだろうか?遷移度/明瞭度の機構を通じて、この過程を辿り確認してみよう。
1.第一の線分:概念量
第一の線分では、認識主体が新しい概念のグループが獲得することで、動点がシフトしていく。概念量が増加すると、複数の概念同士は、相互に結び付き、あるいは組み合わせられ、新しい接続/切断的関係を形成することになる。そして、この概念グループは、認識領域(K領域/U領域)上において、地理学的かつ光学的な影響を及ぼすことになる。
2.第二の線分:遷移度/明瞭度
第二の線分では、概念のグループと認識領域(K領域/U領域)の関係によって、動点がシフトしていく。概念量が増加すると、認識領域上において、概念の集合の分布と影響関係が変容する。地理学的には遷移度が変化し、光学的には明瞭度が変化するのである。ただし、この線分上の変化には、隠れた因子としての思い込みによる抵抗がある。この抵抗すらも乗り越えられ、ある閾値を超えるとき、この遷移度/明瞭度の変化は、認識主体に新しい体験を齎すことになる。
3.第三の線分:認識の変容または問題解決(度)
第三の線分では、新しい出来事が認識のなかで生起することによって、動点がシフトしていく。ただし、この認識という出来事は、量的なものに還元しえないから、これは便宜的な表現として理解してほしい。第二の線分において、遷移度/明瞭度が高まっていくと、過去に形成された因習的な認識の構成・構造はしばしば強い抵抗を示す。しかし、ある閾値を超えると、この旧い構造を維持していた概念同士の結び付きは組み替えられ、全体は瓦解し始めることになる。新しい関係性によって、暗がりの領域に光が照射され、隠れた因子としての思い込みは覆されることになる。こうして認識の変容が起こるのである。
問題解決のプロセスにおいても、第一の線分において十分な概念量があること、第二の線分において、十分に遷移度/明瞭度が高まることが何より重要である。なぜなら、概念の不足状態では、問題は解決に至らないからである。以上の叙述によって明らかになったのは、この三本の線分は、緩やかな同期的対応の関係にある、ということである。

思い込みモデル
■思い込み――隠れた因子としての
本章では、これまで認識表現モデルを構成する諸要素について確認をしてきた。次に、思い込みについて考えてみよう。思い込みは、その特異な性質のために、少なくとも次のような二つの観点からの理解が必要だと思われる。第一に、思い込みは、このモデルの明示的な要素ではなく、思考や認識をその内部で規定する隠れた因子であるということ。第二に、しかし思い込みは、思考や認識の内容が表現されるとき、その構造や輪郭として暗黙的に現れるということ。思い込みは、このモデルにおける隠れた因子であるが、その影響力のために、思考や認識の表現の外形として浮かび上がってもいる。思い込みは、思考や認識の影のようなものだが、それは思考や認識そのものの輪郭(シルエット)を強く規定するような影なのだ。そのため、このことを深く理解することができれば、思い込みの姿形はよく見えるものなのである。
■思い込み
第一章において、思考の自由さは次のように定義された。
【定義Ⅰ】思考の自由さとは、①認識領域における②遷移度/明瞭度の変化を通じて、⓪自覚的に新しい③認識の変容を引き起こしうる思考の状態および能力のことである。
【定義Ⅱ】自由な思考とは、隠れた因子としてのあらゆる思い込みから解き放たれた思考である。
【定義Ⅰ~Ⅱ】が示しているのは、自由な思考とは、思い込みに囚われない思考であり、認識領域において狙い通りに革新的な出来事を引き起こすことができる思考だ、ということである。この定義は、前節において紹介した遷移度/明瞭度の機構という、思考・認識・問題解決のプロセスのモデルに基づいている。そして、このモデルには、隠れた因子としての思い込みが組み込まれている。そのため、これは思い込みのモデルでもある訳だ。
※遷移度/明瞭度の機構

思い込みの諸性質
このモデルにおける、隠れた因子としての思い込み(信念)の作用や性質は、次のようにまとめられる。
ただし、この整理は、既知の枠組み(親和性が高い)と未知の枠組み(親和性が低い)の間で、未知の枠組みに対するもののみを示している。
⓪思い込みは、基本的に自覚することができない(非自覚性)
①思い込みは、概念量の増加による諸概念の関係性を恒常化する(固定性)
②思い込みは、遷移度/明瞭度の変化に抵抗する(抵抗性)
③思い込みは、新しい認識の変容を抑制する(抑制性)
思い込みの諸性質
思い込みや信念は、諸概念のグループが形成する分布や照度を恒常的なものにする。これは当然ながら単純な良い/悪いの倫理や二元論の話ではない。特定の認識主体Sがいるとき、思い込みや信念は、ある意味でプラスやポジティブな側面をもち、ある意味でマイナスやネガティヴな側面をもつだろう。
ここまで用語をわざわざ峻別せずに使用してきたが、日常生活に資するようなあらゆる信念にまで否定的なニュアンスを込めて「それは思い込みだ」などという必要はないし、殊更疑う必要がない信念もあるだろう。だが一方で、何らかの理由から考えたり何らかの基準に照らして、あまり「望ましいとは言えない信念」もある訳で、それを一般的にわれわれは「思い込み」と呼んでいるのだろう。
では、このような「思い込み」があるとき、思い込みを疑うことは本質的にどんな意味をもち、どのような意義があると考えられるだろうか?
遷移度/明瞭度の機構と思い込み
遷移度/明瞭度の機構は、三本の線分から構成されていた。第一に、概念量の線分。第二に、遷移度/明瞭度の線分。第三に、認識の変容あるいは問題解決(度)の線分である。このモデルの流れに沿って、思い込みがどのように働くかを確認してみよう。前提として、ある認識主体Sがいて、様々な学習・経験を通じて新しい概念を獲得していると仮定しよう。
第一の線分について。ある認識主体Sが獲得する概念量が増加すると、ミクロのレベルにおいて、諸概念は相互に結び付きあい、組み合わせられ、諸概念のネットワークを形成していく。さらにマクロのレベルでは、この諸概念のグループは、概念空間として認識領域において局所的に分布することになる。このとき、マクロ~ミクロのレベルで複数の概念同士の関係性はある程度固定的(恒常化、常態化、習慣化…)なものになるが、ここですべてとは言えないだろうが、何らかの信念(思い込み)が伴うことがある。これはポジティヴな側面を見ると、K領域を安定化させ、様々な認識が関わるプロセス全般に貢献すると考えられる。また、この思い込みや信念を伴う諸概念のグループは、思考プロセスにおいて運用できる思考の枠組みを形成するのである。そして、ここで重要な分岐が起こる。この認識主体Sにとって、思い込みや信念を伴う思考の枠組みは、何らかの意味や理由から親和性の程度(高い~低い)を考えられるだろう。
第二の線分について。
第二の線分において、遷移度/明瞭度は、第一の線分において概念量が増加するにつれて、それに対応するように線上で左右に揺れ動きつつも高まっていく。このときある認識主体Sにとって、親和性の高い枠組みは、自然にSのK領域に溶け込み、広い意味で思考や認識の枠組みとして無意識的に活用されるだろう。ところが、親和性の低い枠組みは、SにとってのK領域に侵入するとしても完全に溶け込むことはなく、むしろ抵抗・反発を感じるまとまりとして意識されるだろう。
第三の線分について。
第三の線分において、認識の変容は、第二の線分である遷移度/明瞭度の高まりに応じて、新しい出来事として生起してくる。ところが、Sにとって親和性が高い枠組みと低い枠組みが関わるとき、引き起こされる認識の変容は、まったく異なる感覚を伴うだろう。
ここで二種類の枠組みAとBがあるとしよう。枠組みAは、Sにとって過去にK領域に溶け込んだ親和性の高いものであり、枠組みBは、Sにとって新しいが親和性が低いもので、しかも枠組みAとBは同時には両立できないものだと考えてみよう。
※もちろんこれはモデルに基づく新しい洞察を得るための仮定・実験であり、分かりやすい状況を想定したものなので、実際には既知の枠組みだからといって親和性が高いとは限らないし、未知の枠組みだから親和性が低いとも限らない。また当然ながら既知と未知の枠組みが反発せずに融和することもあるだろう。
まずこのケースにおける状況を整理すると、次のようになる。
ある認識主体Sにとって、既知の枠組みは過去に獲得されたものなので、それを構成する諸概念のグループの遷移度/明瞭度はある程度高い水準にあると考えられる。反対に、未知の枠組みはまだ獲得されていないので、それを構成する概念のグループの遷移度/明瞭度は相対的に低い水準にある。つまり、既知と未知の枠組みにおいて、遷移度/明瞭度は対照的な関係性にある。

このとき思い込みは、大きく分けて次のような二つの経路・パターンで作用すると考えられる。
順強化――既知の枠組みにおいて、思い込みは、自身の信念に合致する知識・情報に対して肯定的・受容的に働き、その枠組みをを強化するように機能する。さらに、ここでは暗黙的な枠組みへの確信を深めるような認識の変化が起こる。(確証バイアス的)
反強化――未知の枠組みに対して、思い込みは、自身の信念に反する知識・情報に対して排他的に働き、新しい枠組みを否定的・拒絶的(抵抗、不信など)するように機能する。そして、このとき認識の変容は起こらない。未知の枠組みを拒絶するとき、反動的に、既知の枠組みの正しさへの確信はさらに深いものになる(保守性バイアス的)
このように、思い込みは、親和性の高い枠組み/低い枠組みに対して異なる仕方で機能し、認識に二重の支配を及ぼすのである。
■枠組みの集合
【枠組み1、枠組み2、枠組み3、枠組み4、枠組み5…】
思い込みを疑うことの意義・価値
認識領域には、遷移度/明瞭度――認識を構成する諸々の要素の分布と各領域の照度――が考えられる。この遷移度/明瞭度は、様々な原因・要因を通じて変化することがある。それは自然な変容かもしれないし、何らかの意図が介入していることもあるだろう。
上記のようなモデルを考えると、やはり強い思い込みがあるほど、親和性が高い既知の枠組みへの信念はさらに強化され、親和性が低い未知の枠組みに対しては抵抗・反発が感じられ、認識領域(K領域/U領域)上における遷移度/明瞭度の変化が起こりにくくなることは想像に難くないだろう。
認識は、思い込みによって地理学的かつ光学的に規定され条件付けられるのである。
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思い込みを疑うことは、こうした条件下において、認識領域の因習的な構成を解体することを意味する。
次章で明らかになるように、思い込みを疑うことは、否定を目的とした破壊でも、破壊を目的とした否定でもない。真に懐疑的な思考は、遷移度/明瞭度の変化を促進し、諸要素の局所的分布と布置的関係性、光源の固定的配置を組み換え、認識の変容を引き起こす。これは認識領域上において、地理学的に新しい領域が開拓されること、光学的に暗がりの領域が明るみへと塗り替えられることを意味する。思い込みを疑うことは、U領域への冒険を肯定することであり、新しい光を受容することなのである。
第4章では、懐疑的な思考は、創造的な思考と協同して働くことが示される。そして、思い込みを疑うことは、地理/光の認識の地図の再編に繋がることが明らかになるだろう。
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