概念空間論
はじめに――本稿の目的
なぜなら問題はあいかわらず折ること、折り目を広げること、折り畳むことだからである。
――――ジル・ドゥルーズ『襞』
本書の目的は、概念空間論という体系について概説することにある。概念空間論とは、思考・認識・問題解決に関するメタ的なモデル・システムである。これは概念の集合(概念のグループ)を扱う体系的な枠組みであり、また物事について、途方もなく自由で創造的な思考を展開するための思考様式でもある。
本書の内容や記述は、どの頁を開いても異様なものと映るかもしれない。本書の主題は、一般的な書籍と比べてかなり特殊なものだと思われる。以下では本書を読むうえでの困難さを幾らか取り除くように努めたい。本書において最も重要なのは、次の表現である。
α→β
※あるいは、既知の枠組みα→未知の枠組みβ
これは端的に言って、認識(物事の捉え方)というものが、持続的に変化していく過程全体を表現している。例えば、書物を読む過程も、この定式α→βを適用して理解することができる。読者が本書を読み進めるプロセスにおいて、最初の認識の状態をRとしてみよう。すると、このRは永遠に不変である訳ではないことに気付く。読むというプロセスでは、それをどのように解釈するかに関わらず、新しい認識状態への変遷を伴うことが分かるだろう。認識なくして読むことは不可能だからである。ここで新しい認識の状態をR´とすると、こうした認識状態の生成や変化は、このように記述できるだろう。
R→R´
α→βという定式は、この場合、認識の生成プロセスや生成規則を一般化したものと解釈することができる。同様に、α→βは、多様な問題解決のプロセスに伴う認識の変容過程や、学問の歴史における概念空間の変遷のダイナミズム、パラダイム・シフトと呼ばれるような巨大な複数の枠組み間の変遷を記述するものでもある。
この定式表現は、本書のすべての記述や内容を包摂した圧縮表現になっており、また本書のすべての章や節の記述は、この定式を敷衍したものになっている。序章§nにおいて、このα→βという定式について要点をまとめているため、適宜参照していただきたい。
こうした特殊なテーマを扱うがゆえに、本書には次のような特徴がある。第一に、本書は特定の考えを提示するものではないということ。「ひとつの考え方」を提示するのではなく、複数の考え方の切り替えの可能性について検討している。「ひとつの体系」を構築するが、それは無数の枠組み間を自由に遷移していく過程をモデル化したものになっている。第二に、本書は一般的な著作と異なり、何らかの正しさを主張するものでもない。この体系は「論」と銘打ってはいても「理論」ではなく、論とは(論=ある認識を可能にするための概念的な構成に過ぎない、)認識の構造が、つねに複数の枠組みの間で変遷できる可能性を保持することを、最大の目的としている。したがって本書では、著者が正しいと信じることを示している訳ではなく、ただ思い込みを疑うことの重要性とその方法論・モデルについて述べるものなのである。
本文で登場する概念を用いるなら、概念空間論とは<bias>の線であり、鏡である。この意味において、本書自体もまた読者自身の認識の鏡として機能しうるだろう。
本書で描出したのは、新しい思考のスタイルを始めるためのモデル装置である。この装置の至る所に、思い込みに囚われない思考を実践するための仕掛けが施されている。すべては、際限のない距離の隔たりと暗がりの中で、新しい認識の変容の可能性を拓くためである。本書が読者にとって、認識の中でまったく新しい出来事を生起するきっかけとなるような自由な書物になれば幸いである。
・・・
序章:概念空間論の全体像
本章では、概念空間論の全体を概観していく。§1において、概念空間論の全体像、本書の構成や読み方、§2において、α→βという最も重要な定式表現について説明をしていきたい。
§1.概念空間論の全体像
概念空間論には、大きく二つの部門あるいは側面がある。
第一の部門は、この体系の背景にある哲学的な理論であり、次の3つが含まれる。本書の第1章の各節において、これらの内容が順番に展開される。
①思考の自由論、
②概念論あるいは概念の機能論、
③問題論あるいは問題解決論
第二の部門は、思考・認識・問題解決についてのメタ的なモデル・システム、あるいは思考ツールや共通言語、そして実践的な思考様式としての側面である。
概念の集合を扱う体系的な思考の枠組み、概念空間論の基本である。
第2章~第4章では、これらの各部分の内容が展開される。
この書物の目次にある章節のタイトル――参照平面、認識表現モデル、未概念法など――は、概念空間論を構成するパーツ(部品)を表している。そのため、本書を読み進めることで、これらのパーツから全体を組み立てることができる。これらは本書の独自の用語であるため、詳細は各章の記述を参考にしていただきたい。
なお本書の内容は、第二の部門についての記述が中心となる。諸般の事情、諸々の理由により、
第一の部門、概念空間論の背景にある哲学については、ごく簡略化した形で述べるに留める。
本書では、すべての章節において可能な限り明快な記述を心掛けたが、かなり読みにくい本でもあるだろう。その理由の一つは、複数の異なる目的を果たすための記述が混在していることによるだろう。
1.哲学:
-①思考の自由論-②概念論あるいは概念の機能論(概念の光学的機能)-③問題論あるいは問題解決論
2.基礎:思考様式の基本
-概念の集合/参照平面/K領域・U領域/遷移度・明瞭度/概念関係式/未概念法
■概念空間論の思考様式としての全体像
上述の区分でいう、思考様式としての概念空間論の枠組みは、次のような幾つかの主要な概念によって構成されている。
参照平面、認識領域(K領域/U領域)、遷移度/明瞭度、概念関係式、未概念(法)。
この体系の思考様式としての道具立てはごくわずかであり、片手で数えられる程度しかない。しかし、これらはすべてメタ概念であるという意味で特殊な概念だと言える。メタ概念とは、あらゆる一般的な概念を扱いうる、ふつうの概念よりもさらに抽象性の次元が高い概念のことである。この思考様式は全体で一つのシステムになっているが、その部分もまた思考・認識・問題解決に関する幾つかのモデルあるいはシステムでできている。
図1は、思考様式としての概念空間論の全体像を示すものである。
以下の図は、完全なものではないが、部分的なシステム同士の関係性の全体像を大まかに表現している。
図1:思考様式としての概念空間論の全体像

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1.基本的対象 :概念の集合 (※無限に多様な概念の集合)
2.設計機構 :参照平面
3.認識表現モデル:認識領域(K領域/U領域)、遷移度/明瞭度、概念関係式
4.方法論 :未概念法
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第2章以降では、順番にこれらの概念について概説していく。
§1では、本書の構成および概念空間論の大まかな全体像が示された。次に概念空間論における最上位の原理の記述に移りたい。ただし、ここでは箇条書きにより要点をまとめる形で提示することにする。
①定式α→βは、認識の生成性、認識状態の変遷可能性および生成規則を表現する。
②定式α→βは、R→R´を包摂する。モナド的観点にとっての固有の認識領域R上における、特定の認識状態の変遷および生成過程を表現する。
③定式α→βは、既知の枠組みα→未知の枠組みβを包摂する。
④定式α→βは、α→α´を包摂する。
⑤定式α→βは、いかなる文脈においてであれ、特定の枠組みβに到達すること自体を目的として規定する表現ではない。
概念空間論は、認識の生成規則、思考の運動を記述・理解・表現する体系である。この生成規則は、α→βによって定式化される。
§2.定式α→β、あるいは複数の枠組み間の変遷について
概念空間論には、最上位に位置付けられる、ある原理がある。それは次のように定式化されている。
α→β
この定式表現は、本書あるいは概念空間論のすべての記述・内容を包摂する表現でもある。この定式は、認識というものの生成性、持続的な変化および生成規則を簡潔に表したものである。あるモナド的観点にとっての特定の認識状態Rを考えられるとしよう。この認識状態Rは、永遠に不変であることはなく、どれほどわずかなものであったとしても、何らかの変化を被るものである。この変化は、このように表現できる。
R→R´
α→βという定式は、この認識の変容過程をすべて包摂するかたちで抽象化したものでもある。ただし、これは本来、本書の内容を理解する過程で、最終的に提示されることになる定式であり、あまりに抽象性が高いため、抽象性をもう少し下げて考えてみよう。α→βという定式は、基本的には次のような認識の変遷過程を含むものと考えていただきたい。
既知の枠組みα→未知の枠組みβ
この定式は、「複数の枠組み間の変遷」を表現するものである。
本書の目的は、概念空間論という体系を、この「複数の枠組み間の変遷可能性の保持すること」を実現するメタ的なモデル・システムとして提示することにある。このように複数の枠組みの間での変遷可能性を保持する体系を構築することが、概念空間論とは、
本書の目的は、概念空間論という体系を、この「複数の枠組み間の変遷可能性の保持すること」を実現するメタ的なモデル・システムとして提示することにある。このように複数の枠組みの間での変遷可能性を保持する体系を構築することが、概念空間論とは、
以下では、この定式の読み方についてまとめていきたい。
1.枠組みとは何か
「枠組み」とは、諸々の概念のグループから形成され、人間の思考プロセスにおいて運用される、体制化された構造やまとまりのことである。
※枠組みの種類の事例
ここでいう「枠組み」の具体的な種類としては、多様なものが考えられる。最も抽象的なものとして、学問的な理論も含まれる。宗教的な教義なども含まれる。
2.複数の枠組みのグループ
【枠組みa、枠組みb、枠組みc、枠組みd、枠組みe…】
●式の意味・解釈
この定式は、次のような意味をもつ。
①既知の枠組みから未知の枠組みへの構造的な移行や変化を表現する。
②認識(構造)の生成性、認識構造の変遷可能性、持続的な変容性、あるいはその保持、認識構造の再編成可能性を示す生成規則 、●認識構造の可塑性
③
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●既知の枠組みα→α´について➡α→βには、α→α´も含む
定式α→βは、既知の枠組みα→α´も含む。
極端に対立する枠組み同士ではなく、既知の枠組みαの微細な修正、情報の付加や消去、局所的な変更、部分的な再編成、新たな観点による全体理解、概念間の接続関係の組み替え、視点のわずかな転換などがある。
●未知の枠組みβ
α→βは、特定のβに到達することが目的ではない。
この定式表現は、特定の未知の枠組みβに到達すること自体を目的として表現するものではない。
飽くまでも、どのような認識あるいは枠組みがあるとしても、認識の生成性、複数の枠組み間の変遷可能性を表現するものであり、つねに変遷可能性を保持することを、形式的に表現している。
そのため、未知の枠組みβとは、特定の「正しい枠組み」を意味するわけではない。
※特定の文脈において「適切な枠組みβ」は確かにある。ある問題を解決しうる未知の枠組みβは、その問題を解決しうるという文脈において「正しい枠組みβ」ではある。
この定式表現α→βは、必ずしも、完全に異なる枠組みを指示している訳ではない。
●枠組みについての評価や判断について:
枠組みとは、モナド的観点にとって完全に「客観的」に存在する訳ではない。認識することなく、枠組みが獲得・形成されたり理解されることはないため、ここでいう枠組みとは、むしろ「認識上の枠組み」(認識された枠組み)と理解する方が分かりやすいかもしれない。そして認識はつねにR→R´という持続的な生成・変容過程にある。
特定の基準や価値観に基づく枠組みについての評価や判断もまた、R→R´の過程と無関係ではない。だからこそ、この定式表現において、本書では「正しさ」や「誤り」といった評価の付与を重視していない。
既知の枠組みα→未知の枠組みβ
この定式において、未知の枠組みが必ず正しい訳ではないし、既知の枠組みが必ず間違っている訳でもない。しかし、どのように認識ががあるとしても、ほんのわずかな修正も許さないような枠組み理解は恐らくない。どのような枠組みであっても、そこに一切の修正や再解釈を許さない絶対的な固定性を付与する必要はない。またそれが永遠に固定され、いかなる修正も許さないものとして理解される必要はない。
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【複数の枠組みの関係性】
複数の枠組みのグループを考えると、これらは相互に多様な関係性を持ちうることが分かる。
【枠組みa、枠組みb、枠組みc、枠組みd、枠組みe…】
この系列を辿り変遷していくとき、
既知の枠組みα→未知の枠組みβ
継承、修正、統合、対立、並列、無関係などの関係性がある。
●枠組み同士の関係――統合
複数の枠組みαとβは、抽象性の次元が異なる場合に統合されることもある。相互に親和性があり結び付くこともある。新しい枠組みγを形成することもある。まったく関係がないこともある。
●枠組み同士の関係――対立
複数の枠組みは、相互に相いれない条件を含み、対立することもある。
枠組みの系列を辿ると、どこかで必ず対立構造が現れる。
※一つの枠組みあるいは複数の枠組み間の関係性もまた、モナド的観点による認識に過ぎないものではある。そのため、複数の枠組みの関係性(例;「これらは相互に相容れない」)とはより高次の枠組みによって、相対的に低次の位置にある複数の枠組み間の矛盾が、消失することもある。
※事例;典型的な事例として、天動説→地動説、のようなパラダイム・シフトの事例がある。
α→βの効果――複数の枠組み同士の関係性における
α→βは、いかなる枠組みαやβがあるとしても、その認識の生成性や変遷可能性を表現する。したがって、この定式に照らす限り、
特定の枠組みの絶対化の阻止、相対化する力、しかしそれに留まらず認識の生成性を維持する力を示す
●認識の変化、思い込み
α→β、あるいは既知の枠組みα→未知の枠組みβという表現において、中心にある矢印の記号「→」は、認識の変化や遷移を表現している。
既知の枠組みα→未知の枠組みβという移行するとき、大小の多様な認識の変化が起こる。
既知の枠組みα→未知の枠組みβという構造において、思い込みは隠れた因子として、新しい認識の変化が生起することに抵抗する。しかし裏返せば、この定式に照らせば、思い込みとは単に自由さを阻害する「悪いもの」なのではなく、むしろ積極的に理解できれば、認識の変化を引き起こすことができる契機であることが明らかになる。
【問題解決におけるα→β】
●認識なくして問題はない
前提:われわれは認識なしに問題に直面することはないからである。問題解決のプロセスでは、
認識状態R→R´
という変化を伴う。
●問題解決の条件
この定式表現は、モナド的観点にとって、問題解決を可能にする最も重要な条件の一つを表している。
特に問題系あるいは最も困難で複雑な問題の解決プロセスにおいては、複数の枠組み間の変遷可能性が重要になる。
※ただし、ここでいう問題とは、原理的に概念的な思考によって解決可能なものを指す。
これまでの記述により、概念空間論の原理の定式表現α→β、および既知の枠組みα→未知の枠組みβについて概観できたと思う。次にこの定式表現が、各章においてどのように位置づけられるかを確認しよう。
●第1章;思考の自由さ
第1章1節では、思考の自由論が展開される。α→βという定式表現は、自由な思考の運動を形式的に表現するものであり、また「思考の自由さ」という理念をより抽象化したものでもある。自由な思考とは、認識の生成性および複数の枠組み間の遷移可能性を保持することであり、原理的に与えられる可能性の中で、最大限の可能性を求めるものでもある。そしてそれはα→βという式に集約される。
●第2章;概念の集合G
定式表現α→βは、無限に多様な概念の集合Gを含む。諸概念のグループは、枠組みのグループを形成する。そのため、無限に多様な概念の集合Gは、実践的には、既知/未知の枠組みの系列あるいはグループとして考えられる。
●第3章;認識表現モデル
第3章では、認識表現モデルの概要が示される。α→βは、この認識表現モデルの運動全体を含むが、特に遷移度/明瞭度の機構を包摂する。あるいは集約される。
これを敷衍したときの形のひとつが、遷移度/明瞭度の機構である。
●第4章:
第4章では、未概念法という、新しい概念を連続的に創造し、問題解決を図る方法論を提示する。
定式表現α→β、あるいは既知の枠組みα→未知の枠組みβは、認識の生成規則や認識構造が変遷していく運動を表現するが、未概念法は前述の遷移度/明瞭度の機構を、特殊な方法によって駆動しつつ、この運動を強力に推進・加速する方法になっている。

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